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ある日曜日、マニラのアッシジ聖フランシスコ教会ではミサが行われていた。信徒たちがひざまずいて礼拝する中、司祭は、大統領選挙が安全で平穏かつ誠実なものになるよう祈りを捧げた。

タガログ語か英語で唱えられた祈りの中で、司祭は「不誠実や嘘、すべての真実の歪曲」からの解放も求めた。

大統領及び副大統領、上院議員と下院のうち300議席、さらに地方議会1万8000議席を決める5月9日の選挙は、非常に大きな意味を持つと見られている。大統領選挙は、独裁政権を敷いた故マルコス元大統領の長男フェルディナンド・マルコス氏と、現職の副大統領レニー・ロブレド氏が争う構図だ。

年金生活者のアンジェリーク・メンドーサさん(61)にとって、教会の指導者たちが偽情報との闘いに参加することは、至極もっともな事の様に思える。2016年の選挙前と同様、市民は今回選挙でもソーシャルメディアに溢れる虚偽の情報にさらされている。

「司祭たちがフェイクニュースの危険性ばかり説くのでウンザリしている人もいるが、私は違う。私たちの精神性に害をもたらすものに警告を発するのは彼らの道徳的な責務だから」。聖フランシスコ教会でのミサを終えたたメンドーサさんはこう話した。

フィリピンのカトリック教徒は約8500万人で、国民の8割を占める。教会が発するメッセージは大きな影響力を持つ。

その影響力は、唯一の女性大統領候補であるロブレド氏にとっても重要だ。彼女は最有力候補のマルコス氏にリードを許しており、選挙運動では司祭たちの支援を求めてきた。

ロブレド氏はセブ市での記者会見で、「デマと戦うという意味で、カトリック教会には社会に根ざした仕組みがある」と語った。

「とはいえ、私の呼びかけはカトリック教会だけでなく、すべての人たちに向けたものだ。候補者である私のみならず、すべての人たちにとっての問題だ。私たちがデマを阻止するために手を尽くさなければ、選挙は嘘に基づくものになってしまう。最悪の事態は、私が負けることではない。デマの力で他の候補者が当選してしまうことだ」と、ロブレド氏は訴えた。

<ネットに溢れるデマ>

ロブレド氏の訴えは実を結びつつあるようだ。

メディア各社のほか、大学や市民団体、弁護士や教会の指導者たちによって、連携してファクトチェックを試みる仕組みがいくつも生まれている。選挙関連のデマに対抗する前例のない取り組みだ。

こうしたファクトチェック機関の1つ「チェックPh」によれば、ネット上に流れる間違った情報の半分近くは、ロブレド氏を標的とし、マルコス氏を利するものだという。

マルコス陣営の広報担当者にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

「私たちは、嘘がどれだけのダメージをもたらすかを目にしてきた。信頼に足る事実がそろわなければ、信頼に足る選挙はありえない」。約150の団体が協働する「ファクトファーストPH」に参加するデジタルニュースサイト「ラプラー」のマリア・レッサ最高経営責任者(CEO)はこう指摘する。

レッサ氏は、悪者たちに立ち向かうスーパーヒーローが結集するマーベル・スタジオ制作の映画に喩え、「こうした『アベンジャーズ・アッセンブル』的な瞬間には、団結して立ち上がることが力になる。事実を求めて立ち上がらなければどうなってしまうか、私たちは知っている」と語る。

ノーベル平和賞受賞者でもあるレッサ氏は、2016年の大統領選挙で、ロドリゴ・ドゥテルテ候補に有利なデマがソーシャルメディア上で拡散していることについて警告を繰り返してきた。マルコス氏はこの時の副大統領選挙でロブレド氏に敗れた。

ドゥテルテ現大統領の娘であるサラ・ドゥテルテ氏は今回、マルコス氏とタッグを組んで副大統領選挙に出馬している。

ハーバード大学で偽情報に関する研究をしているジョナサン・コーパスオング准教授は、マルコス陣営は豊富な資金を駆使してロブレド候補を攻撃し、影響力も強いと分析する。

コーパスオング准教授は、特に影響力が強いのは動画投稿アプリ「ティックトック(TikTok)」だと指摘する。より遊び心に富むフォーマットで、フィリピンの有権者の半数以上を占める若者世代に親しまれているからだ。また、フェイスブックとユーチューブも、デマを拡散する主要なチャネルになっているという。

「2016年の選挙の際は、フィリピンの有権者フェイクニュースとネット上の『荒らし』たちへの警戒を怠っていた。そういう用語さえ知らなかった。しかし今は、法律によってある程度規制されているし、全般的に認識が高まってきている」とコーパスオング准教授。

「だが、偽情報を利用した選挙運動は広がり、当然のように行われている。ファクトチェックする側が把握する頃には、すっかり拡散されている。レベルの低い荒らし投稿を追跡するのはモグラ叩きゲームのようなもので、背後にいる有力な黒幕が責任を問われることはない」と同准教授は付け加える。

ティックトックにコメントを求めたが、回答は得られなかった。

<問われるコンテンツ適正化ポリシー>

フェイスブックの親会社であるメタは今月初め、フィリピンの選挙に関連した400以上のアカウントやページ、グループで構成されるネットワークを排除したと発表した。

メタによれば、同社は「有害なコンテンツやネットワークを確認次第削除する」ため、新しいプロダクトの構築とより強力なポリシーの導入を完了し、フィリピン国内の専門家を含む専任チームを備えているという。

グーグルとユーチューブは候補者情報パネルを導入し、ファクトファーストPHによる共同作業を支援している。ユーチューブの広報担当者によれば、同社は2021年2月から2022年1月にかけて、フィリピンからアップロードされた40万件以上の動画を削除した。

ソーシャルメディア・プラットフォームによるコンテンツ適正化ポリシーに対しては、世界的にますます厳しい目が注がれるようになっている。フェイスブックウクライナ侵攻を受けてルールを変更する一方、ミャンマーイスラム教徒少数民族ロヒンギャは昨年、2017年の虐殺の原因となったと彼らが指摘するヘイト投稿を規制しなかったとしてフェイスブックを提訴した。

現マニラ市長や元ボクシング世界チャンピオンのマニー・パッキャオ氏などを含むフィリピン大統領選挙の候補者たちは、先月行われた討論会で、ソーシャルメディア各社は自社のプラットフォームにおけるデマ拡散の責任を負わなければならないと述べた。

マルコス候補はこの討論会に参加しなかった。

ソーシャルメディア各社はある程度の改善策を採用したように見えるが、「私たちが浴びている圧倒的な量のデマを考えれば、各社の対応のペースや広がり、深さは問題だ」と、チェックPhでプロジェクトリーダーを務めるイボンヌ・チュア氏は語る。

チュア氏はさらに、「デマに対抗するには社会全体でのアプローチが必要になる。ファクトチェッカーは、デマに対抗する戦いという車輪を動かすギアの1つだが、ギアは1つだけではない」と説明する。

フィリピン・カトリック司教協議会の会長パブロ・デビッド司教によれば、だからこそフィリピン国内の多くの教会では、司祭たちがデマの邪悪さについて信徒に警告し、誠実な選挙のために祈りを捧げている。

「来たる選挙における最も重大な課題の1つは、真実を守るという道徳的な要請なのだ」とデビッド司教は言う。

「すべてのキリスト教徒にとっての道徳的な義務は、真実を守ることだ」

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