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皇室の「静養」って?

避暑地に滞在し、豊かな自然の中、ご家族でゆっくり過ごされる、夏の静養。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて控えられていた地方での静養が4年ぶりに再開され、恒例となっていた地元の人たちとのふれあいも戻ってきました。

皇室にとって「静養」とはどのような意味があるのか、宮内庁や専門家への取材をもとにQ&A形式でまとめました。

Q.静養は何のため?

A.天皇ご一家や上皇ご夫妻が、お住まいがある東京の都心を離れて地方で一定期間過ごし、心身の疲れを癒やされる「静養」。滞在先は、主に御用邸や栃木県高根沢町にある宮内庁御料牧場ですが、民間のホテルなどに宿泊されることもあります。

御用邸は、いわば天皇や皇族の別荘。

明治天皇の子どもが相次いで亡くなったことから、侍医らの提案を受けて避暑や避寒のために設置されたとされ、かつては箱根や日光といった山間清涼の地や温暖な海沿いなどにあわせて10か所以上ありました。

上皇さまが、戦時中に疎開されたのも、御用邸がある沼津や日光でした。

大正天皇崩御に伴い昭和天皇が即位した場所としても知られる葉山御用邸(神奈川県葉山町)、温泉が引かれ東日本大震災で被災した人たちに施設の一部が開放された那須御用邸(栃木県那須町)、伊豆半島にある須崎御用邸静岡県下田市)の3つが今も使われています。

名古屋大学 河西秀哉 准教授

皇室における静養の役割とはどのようなものなのか。

象徴天皇制を研究している名古屋大学の河西秀哉 准教授は、次のように指摘します。

「空調設備が整った現代では、病気療養や健康維持のため暑さや寒さを避けられる気候の良い土地に滞在するという静養の意味合いは、薄まったといえるかもしれません。しかし、天皇陛下上皇さま、それに皇族方の公務の忙しさや24時間そのお立場にあって常に人に見られているというストレスは一般人には計り知れません。こうした中で、日常を離れて過ごされる静養先での時間は、心身ともにリフレッシュできる貴重な機会なのだと思います」

Q.静養先では一般の人たちとのふれあいも?

A.御用邸など毎年のように足を運ばれている「定番の静養先」では、地域の人たちとの接点もあります。

葉山の海岸、那須塩原や下田の駅前、軽井沢のテニスコート

こうした場所で居合わせた人々や古くからの知人とふれあう中で、公式行事の時などとは違った表情を見せられる姿が思い起こされるという人も多いでしょう。

時には、静養先の近くにある旧知の人の別荘などを訪ねられることもあります。

上皇さまは、かつて記者会見で、静養先での地元の人たちとの出会いやふれあいの思い出を振り返ったうえで、ご自身も上皇后さまも「身分を隠すのではなく、私たち自身として人々に受け入れられているときに、最も幸せを感じているのではないかと感じています」と述べられました。

静養先では取材の機会が設けられることもあり、私たちメディアにとって貴重な機会となっています。

ことし4月の御料牧場での静養の際のこのシーン、みなさん覚えていますか?

天皇陛下が指さした桜を皇后さまが見ようとして頭がぶつかってしまい、愛子さまも交えて3人で笑い合われた、この場面。

静養中ならではの一コマです。

Q.那須御用邸ってどんな場所?

A.天皇ご一家が21日から滞在されている那須御用邸は、2000メートル近い山々が連なる那須連山のふもと、標高500~900メートル付近にあります。

那須湯本温泉の近くにある、東京ドーム142個分、皇居の6倍近い広大な敷地には、大正15年に建てられた本邸や昭和10年に建てられた附属邸などがあります。

幼い頃からここで散策や登山を楽しんできた天皇陛下は、結婚後も、皇后さまや愛子さまとともに、那須の山々に登ったり近くの公園や観光施設を訪ねたりするなどして過ごされてきました。

天皇陛下は、きょう御用邸の敷地内を散策した際、報道陣に、かつて星空を見るため御用邸の敷地内にテントを張って皇后さまと2人で寝袋で一晩過ごしたことがあると明かされました。

また、愛子さまは、去年記者会見で、那須御用邸に到着した日の晩に縁側にあるソファーで寝てしまい、そのまま朝を迎えてしまったことがあるというエピソードを明かされました。

Q.須崎御用邸ってどんな場所?

A.検討のすえ、ことしの夏は訪問が実現しませんでしたが、須崎御用邸天皇ご一家の定番の静養先です。

旧三井家の所有地などを国が買い取って昭和46年に作られたこの御用邸には、プライベートビーチがあり、周りの目を気にせずに海のレジャーを楽しむことができます。

愛子さまは、成年を迎えた際の記者会見で、「静岡県下田市にある須崎御用邸に行き、海で泳いでいる時に、綺麗なお魚の群れを発見して皆で観賞しましたり、また、須崎はほとんど波のない穏やかな海でございますけれども、サーフボードを浮かべて、そこに3人で座る挑戦をして、見事全員で落下した思い出など、お話しし始めると日が暮れてしまうかもしれません」などと、ご家族での旅行の思い出を語られました。

Q.葉山御用邸ってどんな場所?

A.皇居から近く利用機会が多い葉山御用邸は、心身の休息だけでなく研究の拠点にもなってきました。

海洋生物の研究をライフワークとしていた昭和天皇は、船に乗って沖へ出るなどして長年海洋生物を採集し、新種のヒドロ虫類を発見しました。

御用邸の隣にある博物館には、昭和天皇が採集した生物の標本などが展示されています。

博物館内の展示

葉山御用邸付属邸の跡地に作られた葉山しおさい博物館の倉持卓司さんは、「昭和天皇は、皇居から近く、幼い頃からたびたび滞在して土地勘がある葉山御用邸を、研究の拠点にしていました。静養のためではなく研究のために葉山御用邸に滞在したケースも多く、昭和天皇の葉山での研究は日本の海洋生物学の歴史の一部となっています」と話していました。

皇太子時代からハゼ類の分類に関する研究に取り組んでいる上皇さまも、静養で訪れた葉山周辺でハゼの採集をされていました。

Q.上皇ご夫妻の夏の静養先といえば

A.上皇ご夫妻の夏の静養といえば、軽井沢が有名です。
旧軽井沢地区には、お二人が昭和32年に初めて出会った思い出のテニスコートがあり、10年ほど前まで、ここで古くからのテニス仲間とテニスをされていました。

4年前に訪れた時も、このコートに足を運び、ベンチに座って会員たちのプレーをご覧になりました。

軽井沢に滞在したあとは、40キロほど離れた群馬県草津町に足を伸ばし、コンサート鑑賞などを楽しまれるのも定番となっていました。

Q.静養中はずっとお休みなの?

A.天皇陛下は、静養先でも閣議の書類への署名などの公務をされます。

静養先には宮内庁の側近部局の職員や、食事を作る大膳課の職員、それに皇宮護衛官など大勢が同行し、内閣官房の職員も書類を届けるため静養先を訪れます。

去年の夏も、天皇ご一家や上皇ご夫妻の夏の静養が検討されましたが、静養といえども大勢が動くことになることから、感染者が出た場合の現地の負担などを考慮して控えられていました。

新型コロナが5類に移行され、再開された夏の静養。

コロナ禍のため私的な外出を控えてきた天皇ご一家や上皇ご夫妻は、4年ぶりに訪れる思い出の地でゆっくりと過ごされます。

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