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秋篠宮妃の紀子さまは、11日、57歳の誕生日を迎えられました。

紀子さまは、誕生日にあたって、記者の質問に文書で回答を寄せられました。

この中で、「この一年をふり返りますと、宮様とご一緒に、数年ぶりに対面で開催された様々な行事に出席し、多くの方々とお目にかかる機会がありました」と述べられました。

そのうえで、ことし5月にチャールズ国王の戴冠式参列のため秋篠宮さまとともにイギリスを訪問したことについて、「様々な言語で歌われた聖歌がウエストミンスター寺院内に美しく響き渡る中、皆さまと一緒にお慶び申し上げることができました。久しぶりにお目にかかる方も多く、懐かしさを感じながらお話をいたしました」と振り返られました。

また、秋篠宮邸の改修工事について、「規模の大きさや、コロナ禍により予定の工事期間が長くなるとともに、資材が高騰するなどによって当初の予定より金額が増加したことをとても心配しておりました」と述べられました。

そのうえで、次女の佳子さまが宮邸に住まわれていないという宮内庁の発表がことし6月になったことについて、「具体的に誰がどの場所に住むかについては、従来と同様、私的な事柄であり、また、セキュリティーに関わる事柄でもあることから、説明を控えてきました。結果として、昨年秋の改修工事終了後の発表から時間が経っていましたが、補足説明が必要だと考えてから準備をして発表ができるようになったのがこの時期だったと聞いております」と述べられました。

そして、佳子さまは、折に触れて宮邸に立ち寄って一緒に話をしたり食事をしたりされているとしたうえで、「結婚については、もしそのような話がありましたら、佳子の気持ちや考えに耳を傾けて、こちらの思いや考えを伝えていくことができればと思います」と語られました。

さらに、高校2年生の長男、悠仁さまの進路について、「学校生活においても、その他の活動においても、自分らしく学びを深め、さまざまな経験を重ねながら、自らの関心や探究心を大切にしていってほしいと願っております」と述べられました。

長女の小室眞子さんの近況については、「本人の希望もあり、お答えは控えます」としたうえで、「遠く離れた場所で暮らしていますが、眞子の幸せをいつも願っております」とつづられました。

紀子さまの誕生日にあたって、宮内庁は、秋篠宮ご夫妻が、お住まいで目の見えない子どもも楽しめる点字付きの絵本をご覧になっている映像を公開しました。

映像は、先月18日に撮影されたもので、紀子さまは、本の題名にちなんで巣穴に見立てた布製のポケットが取り付けられたイタリア語の絵本を手に取り、そのポケットに手を入れて感触を確かめられていました。そして、絵本の点字に触れながら、秋篠宮さまと談笑されていました。

宮内記者会が紀子さまに寄せた質問と回答の全文

宮内記者会が紀子さまに寄せた質問と、回答の全文です。

(問1)
7月に新型コロナに感染されましたが、ご体調はいかがでしょうか。
この1年で、秋篠宮さまと多くの行事に臨まれ、5月には英国チャールズ国王の戴冠式にも参列されました。それらを振り返っての感想とともに、今後の活動への抱負をお聞かせください。

紀子さま
体調を気遣ってくださり、ありがとうございます。
COVID-19に感染した後に高熱が出ましたが、熱は徐々に下がり、痛みも和らぎました。

しばらく休んでおりました間は、公的な務めを果たすことが叶わなかったのですが、体調を気遣うやさしいお言葉やお見舞いのお便りなどをいただき心が慰められました。

おかげさまで症状が治まり、再び務められるようになりましたことを大変ありがたく思っております。

自らが感染したことによって、コロナ禍で大変な経験をされた方々が日本、そして世界中にいることに改めて思いを馳せる機会になりました。

感染によってご本人とご家族もご苦労されたり、後遺症で体調が快復するのに時間がかかったりしている人もいると聞き、案じております。

<この1年をふり返って>
はじめに、宮様とご一緒した昨秋以来の行事などについてお伝えし、続いて私が総裁として携わった行事やその他の活動についてふれたいと思います。

宮様との一年この一年をふり返りますと、宮様とご一緒に、数年ぶりに対面で開催された様々な行事に出席し、多くの方々とお目にかかる機会がありました。

昨年の10月、4年ぶりに開催された「全国障害者スポーツ大会(栃木県)」、今年の夏の「世界水泳選手権大会(福岡県)」などの会場を訪れ、コロナ禍の間も努力を重ねてきた選手たちが真剣に挑む競技を、大勢の観客と共に観戦しました。

全国障害者スポーツ大会では、手話などの情報支援や選手の介添・介助、運営などをおこなう、耳が聞こえない高齢者、看護学生、高校生などのボランティアの方々とお会いしました。

そこで皆さまが語った言葉から、大会を支える熱い思いが伝わってきました。

これらの大会では、私が初めて出会った競技がいくつもありました。

パラリンピックの正式種目であるボッチャ競技もそのひとつで、車椅子に座ってボールを投げる選手や、自分ではボールを投げることができないけれども、ランプ(勾配具)を操作するオペレーターに意思を伝え、ランプからボールを転がす選手などが、それぞれ巧みにプレーをする姿が心に残りました。

そして今年の春に初めてボッチャを体験しました。

的となる白いボールに向けて、青と赤のカラーボールをうまく転がせたこともあれば、考えていた場所へなかなか転がすことができないときもあり、チームメイトと励まし合いながらプレーしました。

いろいろな人が参加できるこのユニバーサルなスポーツを、また楽しむ機会があればと思っています。

昨年11月におこなわれた「全国育樹祭大分県)」や今年6月の「全国「みどりの愛護」のつどい(福岡県)」では、各地で緑化活動に携わる多くの方々とお会いできました。

これらの行事では、小学校で森林だけでなく身近な池や川といった周囲の自然環境などについても学び、その保全活動にも取り組んでいる子どもたちのお話を伺い、頼もしく思いました。

また、人々が立ち寄る身近な公園や道沿いにお花の苗を植え、手入れなどを続ける高齢の方々からもお話を伺う機会に恵まれました。

様々な世代の人たちが、地域の緑、森林を守り育てる活動にふれ、心あたたまる思いがしました。

コロナ禍の頃、宮邸内で仕事をする時間が長くなってから、休みの日に身近な植物や土とふれることが多くなりました。

この一年も、仕事の合間に花が好きな職員と一緒にチューリップなどの球根を植え、ヒマワリの種を蒔き、水やりや手入れをしました。

育てた花は来客を迎える部屋に飾ったり、お世話になった方へ花篭や花束にして感謝の気持ちをこめて届けたりしました。

今年の5月6日、英国のチャールズ3世国王陛下の戴冠式が、英国内外から多くの出席者が列席する中でとりおこなわれました。

私たちも荘厳で喜びに満ちたお式に参列し、英国の様々な音楽家戴冠式のために作った曲や、ラテン語や英語に加えてウェールズ語ゲール語など、様々な言語で歌われた聖歌がウエストミンスター寺院内に美しく響き渡る中、皆さまと一緒にお慶び申し上げることができました。

英国の国王陛下をはじめ、英王室の方々、欧州、アジア、アフリカ、大洋州からお越しになられた王族の方々などとお目にかかりました。

久しぶりにお目にかかる方も多く、懐かしさを感じながらお話をいたしました。

訪れた駐英国日本大使公邸の玄関前には、八重桜が美しく咲いていました。

そこでお会いした邦人の方々から、桜の植樹を通じた国際交流や、英国の良さも取り入れた日本人学校での教育活動など、日本と英国の関係を深めているお話を興味深く伺うことができました。

帰国後には、戴冠式後に続く日曜日に、毎年恒例の行事「ザ・ビッグ・ランチ(The Big Lunch)」が開催され、この度は戴冠式をお祝いしながら、いくつもの会場で人々が食べ物を持ち寄って和やかに過ごす様子が報じられていたことを知りました。

またその翌日の月曜日におこなわれたボランティア活動への参加を勧めるイベント「ザ・ビッグ・ヘルプ・アウト(The Big Help Out)」において、王室の方々をはじめ多くの人々が会話を楽しみながら取り組む姿も報じられ、強く印象に残りました。

今年の7月に開催された「全国高等学校総合体育大会(北海道)」の開会式の会場には、地元の農業高校生が育てた色とりどりの花が植えられたプランターが飾られ、全国から集う選手たちを迎える高校生たちのおもてなしの心が伝わってきました。

当日の午後には、5年前の北海道胆振東部地震の折、大規模な土砂崩れによって多くの人が犠牲になった厚真町吉野地区を訪れました。

地名の由来が、エゾヤマザクラの咲き誇っていた山の風景を奈良の吉野になぞらえたとも言われていたことから、震災後に復興と鎮魂の思いを込めて奈良県吉野町のシロヤマザクラ吉野桜)の苗木が贈られ、崩壊した山の斜面に植樹されたことを町長から伺いました。

地区の人々が、そこで暮らしていた今は亡き大切な人のことを偲びながら木を育てているというお話に、桜の苗木を見守ることで、その地が悲しみの場所だけにとどまることなく、思い出を懐かしみ、再生への希望を託す場となっていることに感慨をおぼえました。

その後、被害の大きかった厚真町・安平町・むかわ町の小中学生と一緒に、アカエゾマツの苗木を植え、子どもたちの健やかな成長を願いました。

今年は、気温の上昇と、強風や集中豪雨などの自然現象が、人々の生活、生態系や農作物に大きな影響を及ぼしているようです。

世界各地で大きな山火事が相次ぎ、8月にはハワイのマウイ島で山火事から市街地が延焼し、多くの人々が被害を受けました。

ハワイには、2018年6月に宮様とともに訪問し、「第59回海外日系人大会」に出席して多くの方々にあたたかく迎えていただきました。

また、今年の1月には、「ホノルル桜の女王」の方々が宮邸を訪ねてきてくださり、コロナ禍後に久しぶりに対面でハワイのお話などを伺ったところでした。

被災したマウイ島の人々をはじめ、他の地域で山火事、台風や竜巻などによって、被害にあわれた人々の生活が早く落ち着きますことを家族で願っております。

今月1日、東京都慰霊堂でとりおこなわれた「関東大震災並びに都内戦災遭難者秋季慰霊大法要」に出席しました。

今年は関東大震災から100年という節目の年になりますが、この年に限らず、過去の出来事や経験から学び、行動することを普段から心がけることがとても大切で、それが防災や減災につながるのではないかと考えております。

誰もが正しい情報を得て、必要なケアを受けられるように考え、声を掛け合い、支え合える優しい社会になりますことを願っております。

また、夏休みが終わり、学校の授業が始まるこの時期は、生きづらさをより強く感じる子どもたちが増えているときでもあると言われています。

家庭や学校に加えて、子どもたちが信頼できる他者とつながる時間、自分らしくすごせる場所があることはとても大事です。

電話相談をはじめ、安心できる居場所を作る活動がさらに進んでいくことも、とても大切だと感じております。

私のこの一年の活動この一年も、総裁として長く携わってきた結核予防などの医療や母子保健・公衆衛生の分野に関わる行事にいくつも出席しました。

地域の人々の健康を守る医師や保健師にもお会いしてお話を伺いました。

また、海外から仕事や勉強のために日本で暮らしている人々の心の健康を支援している方のお話を伺う機会があり、「TELL(東京英語いのちの電話)」が50年前から電話による無料カウンセリングなどの活動を続けていることを初めて知りました。

そのご縁で、今年の4月には、TELLの50周年を祝う行事に出席しました。

TELLは、現在、国内外のボランティアに支えられた24時間対応の英語による電話相談に加え、対面のカウンセリングや、心の健康を支援するアウトリーチ活動をおこなっています。

TELLのウェブサイトには、 “You are not alone.…We are here to listen.We are here for you.”(あなたは一人ではありません。…私たちはあなたの声に耳を傾けるためにいます。私たちはあなたのためにいます。)という言葉が紹介されていました。

同じ4月に開催された恩賜財団母子愛育会の「愛育班員全国大会」では、愛育班員が「あなたには私がいます。私にはあなたがいます。そういう気持ちを伝え続けることが大切だと思うのです。」と書かれた手記を発表し、TELLのメッセージと通じる心のあたたかさを感じました。

その時の特別講演の講師は、地域に多数ある組織や団体を緩やかにつなぐ「橋渡し」の役割を果たすことを愛育班員に期待すると話されました。

こうした心のこもった言葉や強い思いにふれることが出来たことは私にとってありがたく、人と人との繋がりについて考えた春でした。

翌月には、京都の尼門跡寺院である大聖寺で4年ぶりに開催された「文化・護友会総会」に出席しました。

大聖寺をはじめ、京都や奈良にある尼門跡寺院の御門跡様や、寺院に伝わる文化を大切に護る方々とお会いする機会が増えた一年でもありました。

これまで長く継承されてきた尼門跡寺院の伝統と文化を次世代につなげるために、文化財の保存や修復に取り組み、華道や茶道の家元としても活躍をされる歴代の御門跡様と尼門跡寺院を支える方々のお気持ちをしっかりと受け止め、今後も務めて参りたいと思います。

<今後の願いと抱負>
コロナ禍の間、外出を控えておられた上皇上皇后両陛下は、皇室とゆかりの深い尼門跡寺院で、5月に昭憲皇太后の大礼服の修復を終えた大聖寺や、ご本堂の修復をした中宮寺を訪ねられました。

また、京都三大祭のひとつである葵祭をご覧になりました。

天皇皇后両陛下は、御即位後初めて、国際親善として6月にお揃いでインドネシアを訪問され、先々で交流を深められました。

そして6月には、三笠宮妃百合子殿下が百寿をお迎えになりました。

皆さまが、これからもお健やかに過ごされますよう願っております。

私自身の今後の活動について考えるとき、これまでの様々な出会い、学びや気づきが、これから進めていこうとする活動につながっていくように感じています。

医療や母子保健、子どもに携わる活動などを長く続けてこられたのも、多くの方々の導き、支えや励ましのおかげです。

今後も、子どもから高齢者までの健やかな暮らしを願い、生命の尊さについて考える時間を大切にしたいと思います。

そして、未来を創る子どもたちに思いを馳せ、希望へとつながるような活動にも、専門家やよき仲間たちと一緒に取り組みたいと考えております。


(問2)
宮内庁は6月30日、佳子さまが宮邸に隣接する分室で生活されていると明らかにしました。ご家族でどのような話し合いをされ、いつ決められたのでしょうか。当初明らかにされなかった理由や発表がこのタイミングになった理由もお聞かせください。
宮邸改修の費用や説明の経緯については国民からさまざまな声がありますが、どのように受け止めていらっしゃいますか。

紀子さま
質問にお答えする前に、まず宮邸についてご説明します。

宮邸は家族が居住する私室部分、行事や接客、打ち合わせなどがおこなわれる公室部分、そして職員が執務をおこなう事務所部分の3つの部分から成り立っています。

宮内庁が進めてきた今回の改修の大きな目的は、1972年に建築された後、ほぼ手つかずであった老朽化した配管などの部分や建築に関する法規が変わり不適格とされた部分の作り直し、邸内でおこなわれる行事や接客に対応するための公室部分の拡張、お代替わりに伴い大幅に増員となった職員の事務スペースの確保でした。

私室部分についても工事に合わせてリフォームをおこない、改修後の秋篠宮邸は、私室部分が2割、公室部分が3割、事務所部分が5割を占めると聞いております。

この工事にあたり、設計段階から宮様と私が宮内庁に出していた希望は以下の2点でした。

1 吉田五十八氏により設計された旧秩父宮邸の意匠の美しい内装、外装を大切にしてほしい
2 必要最小限の予算でおこなってほしい

次に分室についてご説明します。

宮邸の工事期間中、私たちは宮邸から数十メートルの場所にある分室(当時の名称は仮寓所)に3年ほど仮住まいをしていました。

分室の建物には、私たち家族が居住する私室部分の他に、公室部分と事務所部分がありました。

今年の春に、私たち3人が分室から宮邸に移った後、現在の分室は、次女が以前から使っている部屋以外のスペースの多くを事務所などとして使っています。

一番目の質問の答えになりますが、この設計段階において公室部分の拡張と増員となる職員の事務スペース確保などが必須となる中、改修の規模や経費をできるだけおさえられるよう家族(宮様、私、長女、次女)で相談し、工事中に仮住まいする分室の長女と次女の部屋を本邸の改修後も引き続き活用し、改修後の宮邸内に設けない案が出てきました。

宮内庁に相談した結果、工事前で、それが可能ということだったので、分室の長女と次女の部屋をそれぞれ引き続き活用することにしました。

この分室には、仮住まい当時、私たち家族が居住する私室部分と公室部分、事務所の一部が含まれていましたが、現在は、次女の部屋以外の空いたスペースの多くを、事務所などとして活用しております。

次の質問についてですが、昨年の秋、宮邸の改修工事の終了後に、皇嗣職大夫から、分室にも私室部分を一部残し、私たち家族が秋篠宮邸の私室部分と仮住まいをしていた分室の私室部分を総合的に利用すると発表しました。

具体的に誰がどの場所に住むかについては、従来と同様、私的な事柄であり、また、セキュリティーに関わる事柄でもあることから、説明を控えてきました。

その後、宮内庁で、当初の宮邸改修の計画からの大きな変更点2点についてはさらに説明が必要と判断し、本年6月に皇嗣職と管理部が補足の説明をしました。

そのうちの一つとして次女が引き続き分室に住んでいるということを伝えました。

結果として、昨年秋の改修工事終了後の発表から時間が経っていましたが、補足説明が必要だと考えてから準備をして発表ができるようになったのがこの時期だったと聞いております。

最後の質問ですが、この度の宮邸の改修工事の規模の大きさや、コロナ禍により予定の工事期間が長くなるとともに、資材が高騰するなどによって当初の予定より金額が増加したことをとても心配しておりました。

管理部をはじめ、建築に携わる専門家や技術者が検討し、お代替わりに伴う必要なものとして改修工事がおこなわれ、それに関して説明がされてきました。

関係者みなが、その中で考えられる選択をしながらおこなったように思います。


(問3)
ご家族についてお伺いします。分室に残られた佳子さまはどのようにお過ごしでしょうか。ご結婚についてお話しされていることがあればお聞かせください。
来年、悠仁さまは成年皇族となられます。
悠仁さまの最近の関心事や、進路について大切に思われていること、期待されていることはありますでしょうか。

米国で生活されている小室眞子さんの近況も合わせてお聞かせください。

紀子さま
佳子についてですが、この一年をふりかえると、様々な公的な活動をおこなってきました。

また、この夏は、久しぶりに遠方から訪ねてきてくださったパラグアイやブラジルの学校の方々を家族で一緒に迎えることができました。

そして今は、これからの国内での各種の公的な活動や、ペルーへの公式訪問などにむけて、準備を進めているように思います。

このようにして、今までと変わりなく、ひとつひとつの仕事に熱心に取り組む姿を心強く思っております。

また佳子は、普段から折にふれてこちらに立ち寄って私たちと一緒に話をしたり、食事をしたりしています。

結婚については、もしそのような話がありましたら、佳子の気持ちや考えに耳を傾けて、こちらの思いや考えを伝えていくことができればと思います。

悠仁は、この春から高校2年生になり、勉学に励み、クラブ活動やその他の学校行事に参加しながら、充実した生活を送っているように思います。

また、空いた時間を生かして、以前から関心をもっているトンボ類の観察や、イネの栽培など、自分の関心事にもバランスよく取り組んでいるようです。

悠仁の進路についてですが、学校生活においても、その他の活動においても、自分らしく学びを深め、さまざまな経験を重ねながら、自らの関心や探究心を大切にしていってほしいと願っております。

眞子の近況については、昨年と同様に本人の希望もあり、お答えは控えます。

庭に作り始めた木香薔薇のアーチは、シュートが伸びて少しアーチらしくなり、今年の春に可憐な黄色の小花を咲かせました。

時間がかかると思いますが、アーチが出来上がることを楽しみにしております。

遠く離れた場所で暮らしていますが、眞子の幸せをいつも願っております。

#秋篠宮家(紀子・誕生日)

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#天皇家

3月頃上京を企てたものの、募金が集まらなかった。
その際には「(作り話を)信じる人だけ送金して下さい」と書いていた。
誕生会に朋友(パンヤオ)35人が参集したというが、10万円ずつ拠出すれば350万円になる。
勝信貴の目論見では、権威主義に則るとき、自称「真正草薙剣」を皇居前広場で天高く掲げれば、数日の内に皇居に入り即位できる。
そうすると、集めた上京資金は直ぐにでも返済できる予定である。
しかし、「論理的思考法を学んだ」という、学習塾の教え子藤原朝臣太郎道人でさえ半信半疑。
確信しているのは、「hiro」なるオバはんのみ。
勝は、「男の夢」のため「命懸けで戦う」覚悟でいる。

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目的は、「重臣を顎で使って、贅沢をする」こと。
それが、勝信貴の「男の夢」。
勝信貴「よろしく朋友(パンヤオ)」

#地球温暖化グリーンピース共同創設者「地球は5千万年前の始新世熱極大期以来、冷却傾向にある」)