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秋場所は14日目を終えて3敗で熱海富士が単独トップに立ち、星の差1つの4敗で貴景勝と関脇 大栄翔、そして平幕の高安と北青鵬の4人が追う展開となりました。

千秋楽の24日、先に取組のあった熱海富士が大関経験者の朝乃山に「寄り切り」で敗れて11勝4敗となりました。

一方、貴景勝は大栄翔と対戦し、「送り出し」で勝って4敗を守りました。

そして、高安と北青鵬が敗れたため、貴景勝と熱海富士による優勝決定戦となりました。

貴景勝は立ち合いで左にずれてはたき込みで勝ち、ことしの初場所以来となる4回目の優勝を果たしました。

角番の大関が優勝するのは平成28年秋場所豪栄道以来、7年ぶりです。

先場所、両ひざのけがで休場した貴景勝は今場所は負け越すと大関から陥落する角番で迎え、初日黒星のあと中盤戦でも連敗して、中日8日目に3敗目を喫しました。

それでも徐々に持ち味の突き押しに力強さを取り戻して、9日目に高校の後輩である豪ノ山に勝利してから白星を伸ばし、11日目に勝ち越しを決めて角番を脱出しました。

そして、13日目には単独トップに立っていた熱海富士に勝つなど、優勝争いに食らいついてきました。

秋場所横綱照ノ富士が休場し、1年ぶりに3人が出場した大関陣に注目が集まった中、在位が最も長い貴景勝が力を見せました。

貴景勝「もう一度奮起して夢の横綱に向けて考えてきた」

貴景勝は優勝インタビューでまず「うれしい」と率直に喜びを話しました。

先に熱海富士が敗れたため、優勝決定戦の進出がかかった大栄翔との一番については「押し相撲同士なので、一生懸命やることだけ考えた。特にどうしていこうとかは考えていなかった」と振り返りました。そして優勝決定戦については「絶対負けられないという強い気持ちでいった。右差しを徹底して封じようと思った。ああいう形で決まると思わなかったが、集中してやるべきことをやった」と話しました。

また、両ひざのけがで7月の名古屋場所を休場し、角番で迎えた今場所に臨んだ心境を問われると「ぼくにとってはつらい7月を過ごしてきた。でも、いろいろな人に支えられて、もう一度奮起して夢の横綱に向かってどうしたらいいかと考えてきた。9月である程度の成績を残せたので、無駄じゃなかった」と述べました。

今後に向けては「大事なところでけがをしてしまうのはまだまだ自分に本当の強さが備わっていないからだ。けがをしない強い体作りが横綱の資質だと思っている。もう一度そこを考えて、体が小さいなりに頑張っていきたい」と意気込みを示しました。

さらに優勝を争った熱海富士との対戦を振り返り「素晴らしい若い力士が上がってきた。僕も若いときに強いお相撲さんとやれること自体が楽しかった。自分もそういう気持ちに戻って頑張っていかなければならないと思った。僕よりも関取になるのははやいし、将来必ず強くなると思う。僕は壁になれるように強くなるだけと思っている」と話しました。

「11勝4敗」での優勝は4回目(昭和24年以降)

11勝4敗での優勝は平成29年秋場所横綱日馬富士以来で、1場所15日制が定着した昭和24年以降では4回目です。

4回目の優勝 貴景勝とは

4回目の優勝を果たした大関貴景勝兵庫県芦屋市出身の27歳。身長1メートル75センチ、体重165キロの体から繰り出す強烈な突き押しが持ち味で、勝っても負けても表情を変えず淡々と土俵に向かう精神力が強みです。

小学生で相撲を始め、中学時代には全国大会の決勝で、現在、平幕の阿武咲を破り、中学生横綱となりました。

高校は多くの関取を輩出している埼玉栄に進み、卒業後に貴乃花部屋に入門して平成26年秋場所初土俵を踏みました。

平成30年の秋場所後には、貴乃花親方が日本相撲協会を退職して貴乃花部屋がなくなったため千賀ノ浦部屋、今の常盤山部屋に移籍しました。

その直後、小結で迎えた九州場所で13勝2敗の好成績で初優勝し、ここから3場所連続でふた桁勝利を挙げて4年前の春場所後に大関に昇進しました。

以降はけがに苦しみ、一度、関脇への陥落も経験し、大関復帰を決めた場所でも左胸に大けがをしました。

それでもその年の11月場所では看板力士が次々休場する中、強じんな精神力でただ1人の大関として土俵を締め続け、2年ぶりの優勝、さらにことしの初場所では3回目の優勝を果たしました。

続く春場所横綱昇進が注目されましたが、取組中に左ひざの半月板を損傷して途中休場し、この時もけがに泣かされて子どものころからの夢を果たせませんでした。

さらに左ひざをかばって相撲を取っていたことで右ひざも痛めて、ことし7月の名古屋場所は休場し、秋場所は7回目の角番で迎えていました。

重ねてきた“準備”が浮上のきっかけに
「しっかり準備してやる」

貴景勝が常々、口にすることばの1つです。

けがから復帰する場所に臨むにあたって、ことば通りに重ねてきた準備が4回目の優勝につながりました。

貴景勝がけがをしたのはことし3月の春場所。前の初場所で3回目の優勝を果たし、子どものころからの夢だと語る横綱昇進を目指して臨みましたが、取組中に左ひざを痛めて休場を余儀なくされました。

下半身を使って突き上げて力強く相手を押し込む相撲を持ち味とする貴景勝にとってひざは生命線の1つです。

続く夏場所は8勝7敗で勝ち越して角番を脱出したものの師匠の常盤山親方が「ひざは決してよくはない」と話すぎりぎりの状態でした。

さらに、痛めていた左ひざをかばっていたことで右ひざに負荷がかかり、ことし7月の名古屋場所の前には両ひざの半月板損傷と診断されました。

人一倍、大関としての責任を口にする貴景勝でしたが、ここで下した決断は4年ぶりとなる初日からの休場でした。

場所前に相撲を取る稽古ができなったことで「100%を出せない状態を繰り返すのは良くないし、しっかり治したほうがいい。秋場所で勝負しよう」と考えました。

「相撲は小学校3年からやっているので体を作っていけばやれる自信はある」と相撲の稽古の再開は遅らせてもリハビリに加え、ふだんから稽古で重点を置くしこ、すり足、スクワットなどの基礎運動を入念に行い、ひざの回復と体作りを優先してきました。

そして迎えた秋場所「ひざのよい悪いはまったく理由にならないまでにいい。実力があれば勝つし、負けたら弱いだけ。そういう意味で全力でいける」と言えるまで上向きました。

持ち味の突き押しも徐々に力強さを取り戻し、後半戦は期待の若手で同じく突き押し相撲を持ち味とする豪ノ山や、ここのところ2連敗を喫していた新関脇の琴ノ若を圧倒しました。13日目には星の差1つで追っていた単独トップの熱海富士に厳しい攻めを見せて勝っていました。

日本相撲協会八角理事長も「よく勝負して足を運んだ」とたたえるなど、ひざのけがに苦しんだ大関の姿はもうありませんでした。

そして千秋楽では大栄翔との激しい押し合いを制して優勝決定戦に回り、再び熱海富士に勝って4回目の優勝をつかみとりました。

貴景勝秋場所が始まる前に「自分の相撲人生は上がったり落ちたりでいいことがあれば悪いことも常に隣合わせでやって来た。ことしも出だしはいいことから始まったがまた、けがをして今がある。いいことが続くように頑張るだけかな」と話していました。

ひざのけがを乗り越えるために重ねてきた準備が浮上のきっかけとなり、貴景勝が再び栄光をつかみとりました。

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