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 東京大29名、京都大6名、早稲田大106名、慶應義塾大72名、上智大59名──これは、筑波大学附属高校(筑附高)のホームページで公表されている、2023年度の大学受験の合格実績だ。

「それでも東大進学に現実味があるのは、東大に『学校推薦型選抜』の制度があるからでしょう。筑附高からは2024年度に工学部と理学部の2名。2023年度にも工学部に1名合格しており、これまでに計11名の東大の推薦合格者を出しています」(前出・皇室ジャーナリスト)

 振り返れば、悠仁さまがお茶の水女子大学附属幼稚園に入られたときには、紀子さまお茶の水女子大の名誉特別研究員だったことから、「特別入園制度」が利用された。ほかの入園者は2度の抽選などの選抜をくぐり抜けての合格だったが、悠仁さまおひとりだけが制度を使われ、完全な“別枠”での合格だった。また、筑附高入学に際しては、お茶の水女子大と筑波大の間の「提携校進学制度」を利用された。

 悠仁さまはこれまで、純粋な受験競争を勝ち抜いたことはないともいえる。

「東大の推薦受験は学力だけが問われるペーパーテストではなく、課外活動などの実績や成果が大きく考慮されます。過去には、『トイレの研究』や『アフリカで栽培されるバナナの皮を使った紙の普及活動』など、とてもニッチな分野の活動をしたり、実績を残した人が合格している。悠仁さまの『トンボ論文』は、それらよりもはるかにレベルの高い研究だといえます」(受験業界関係者)

 推薦受験は、1校あたりの枠に限りがある。現行制度では、男女共学の筑附高では最大4名まで。

「2016年の制度スタート当時、1校から2名までだった上限人数は、2021年度に現行の人数になりました。この枠を、さらに拡大しようという動きが、東大や文部科学省内部にあります。背景には一般受験での志望者が少ない女子を、推薦枠で増やしたいという狙いがあるのですが、全体の枠が広がることは、悠仁さまにとっても追い風でしょう。早ければ悠仁さまが受験される来年度の拡大が検討されています」(文科省関係者)

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#天皇家

2006年に15歳で亡くなった少年が、キリスト教カトリック教会で聖人となる見通しだ。1980年代から1990年代にかけて生まれた「ミレニアル世代」が聖人となるのは、今回が初めてとなる。

カルロ・アクティスさんはカトリック教会の教えをインターネットで広めて有名になり、「神のインフルエンサー」と呼ばれていた。

カトリック教会では、信仰に従って生きた人物を福者や聖人に列する際、その人が起こした「奇跡」が必要となる。一つ目の「奇跡」が認められると福者に、さらにもう一つの「奇跡」が認められると聖人に列せられる。

アクティスさんは2020年、膵臓(すいぞう)に先天性疾患のあるブラジル人の子供を癒(いや)したとして、すでに福者に列せられていた。

そしてローマ教皇フランシスコは今回、アクティスさんが、頭部の外傷から脳出血を起こしていたイタリア・フィレンツェの大学生を癒したことを、第二の「奇跡」と認定した。

ただし、アクティスさんがいつ列聖されるかはわかっていない。

ロンドン生まれのアクティスさんは、生涯の大半をイタリアで過ごした。白血病と診断され、イタリア北部モンツァで亡くなった。

アクティスさんの遺体は、死後1年後に中部アッシジに移され、現在、彼にまつわる他の遺物とともに展示されている。

アクティスさんは、所属していた教区や学校のウェブサイトをデザインしたほか、報告されている全ての「聖体の奇跡」の記録を目的としたウェブサイトを立ち上げて有名になった。聖体とは、キリスト教の礼拝で使用されるパンのことで、イエス・キリストの体を表している。この聖体が関連した奇跡を「聖体の奇跡」と呼ぶ。

このウェブサイトは、アクティスさんの死の数日前に公開された。また、「神のインフルエンサー」というあだ名は、アクティスさんの死後、こうした活動が知られるようになって付けられたものだ。

アクティスさんのウェブサイトは現在、数カ国語に翻訳され、世界各国を巡回する展示のもとになっている。

イギリスでも、アクティスさんはしのばれている。2020年にはバーミンガム大司教によって、ウォルヴァーハンプトンとウォンボーンの教会を組み込んだ「福者カルロ・アクティス教区」が設立された。

また、スコットランドマザーウェルにあるカトリック教会の聖堂「カーフィン・グロット」には、まもなく聖人となるアクティスさんの像がある。

「奇跡」は多くの場合、数カ月にわたり調査され、評価される。「奇跡」とみなされるには通常、自然界で可能なことを超越した行為、たとえば死期が近いとみなされた人を癒した、といったことが必要とされる。

最近では、18世紀の修道女マリア・アントニア・デ・パス・イ・フィゲロアが列聖され、アルゼンチン初の女性聖人が誕生した。