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『易学入門』
P17

 太古の天地を洪荒といふが、よくその様を表してゐる。洪は大水であり、氾濫であり、圧倒的な大がかりである。荒は調和や秩序のできてゐない、あらあらしく、すさまじい様である。今にくらべれば、天は限りなく高く、地は限りなく広く、日は更に大きく、星月のきらめきは凄く、山々は厳しく、森林は暗く、雷電は激しく、風雨は強く、寒暑も烈しかつたであらう。その中に在つて太古人は常に無限の驚き・恐れ・疑ひ・惑ひを抱いて生きた。然しそれが人間文化の原動力となつたのである。
 僕は一つ不思議な願ひを持つてゐる。それは恋愛でもない。大科学者・大哲学者・大芸術家・大宗教家になることでもない。理想社会の実現でもない。実は「驚き」たいといふ願ひだと国木田独歩がその小説「牛肉と馬鈴薯」の主人公に叫ばせてゐる。近代人は段々驚かなくなつて現代に至つた。それがいかに憂ふべき堕落であるかといふことに気づいた学者たちが、今首垂れて考へこんでゐる。独歩の、この主人公が、現代の最も思慮深い人々の姿である。
 カントの墓標に刻まれた Der bestirnte Himmel über mir,das moralische Gesetz in mir.「上なる星空、衷なる妙法」は人間が永遠に失つてはならない妙心である。この天籟(てんらい)the celestial passion ともいふべきものが、東洋文化の真髄なのである。

celestial - Definition from the Merriam-Webster Online Dictionary
passion - Definition from the Merriam-Webster Online Dictionary