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『天風先生座談』
P181

 そう言われたときに、私はそのことがわからなかった。
 後になって私は、禅坊主の教えの中に、こういう言葉があったのを思い出した。ああ、あのとき、あのカリアッパ先生はこう言ったんだな、と思った。「闇の夜に、鳴かぬ鴉の声聞けば、生れぬさきの父ぞ恋しき。」生れ故郷というのは、これだな。あなた方。何市何町に生まれたのが、生れ故郷だと思うだろうけれども、一番はじめはそれじゃあない。この宇宙の中の、見えない気体の中にあなた方がいたのが、父から母と会って、あなた方が出て来たんだけれども、一番さきの故郷のことは、闇の夜に、鳴かぬ鴉の声聞けば、生れぬさきの父ぞ恋しき、というところが、生れ故郷。
 だからね、ここにいても、故郷に帰りたいと言ったら、死んでしまえば生れ故郷に行かれるんだ、と言いたかったんでしょうな。
「お前、ほんとうに仕合せになりたいのか。」
「はい。なりたいと思えばこそ、こうしてやっているんです。」
「それじゃ、すぐ、いまから、仕合せにおなり。」
「えっ、仕合せにはなれませんよ。」
「なれるよ。なれるのに、ならずにいるんだろ。すぐにおなり。仕合せに。」
「先生、無理言ったって、駄目ですよ。あなたのような偉い人なら、すぐ仕合せになれるかも知れないけれども、私はとてもなれませんよ。」
「なれるよ。教えてやれば、わけないけれども、考えなさい。今日、これからだよ。すぐに、今日中には考えつかないかもしれないけれども、三日、五日、十日、半年、もっとかかるかもしれない。一年、二年、三年、期限は言わないが、一所懸命とっ組んで、考えろ。そうすると、お前の心の中の、もう一人のお前が、きっとほんとうのことを教えてくれる。」
「何ですって。私のもう一人の私がいるんですか。」
「そうだ。お前の心の中に、もう一人、ほんとうのことを知っているお前がいるんだよ。それを、こうやって考えている中に、いつかは、ほんとうのことを知っているお前の心の中のもう一人が出て来て、いろいろなことを考えてくれる。きっとそうなるから。」
「ヘェ。私はいよいよ不思議なことを聞きますが、私の命の中に、もう一人、私がいる。」
「いるんだよ。」

感動すると胸の奥がジーンとする。
その「ジーン」が止まらなくなる。
「止まらない!」と思ってるとそれが拡がって頭のてっぺんまですっぽり覆われる。
そのときジーンとするところ、つまり胸の奥は光っている。
そして、覆われた外にあった別の自分は消えている。
だから「もう一人の自分」というより「本当の自分」というのが正しい。
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