〔正念場のアベノミクス〕-「5月22日」でエンジン変調 金融政策が再び切り札に | Reuters
米連邦準備理事会(FRB)の次期議長候補、イエレン氏の米議会証言内容が伝わった今月15日の東京市場には、大きな力が働いていた。久しぶりに見る「株高/円安」の大きなうねりだった。日経平均 は、取引開始直後に1万5000円の大台を回復し、ドル/円 も節目の100円を突破した。
マーケットの動向を注視していた麻生太郎副総理兼財務・金融担当相や財務省関係者には「ほっとしたムードが広がった」と同相周辺筋は振り返る。
イエレン氏が米量的金融緩和の縮小(テーパリング)を急がないという姿勢を示せば、ドル高機運が後退し、その反射的な動きとして円高リスクが高まる。それを意識する市場関係者は多く、政府部内にもイエレン発言を不安げに見守る向きがあったという。
ところが、イエレン氏の議会証言を知り、超金融緩和策がしばらく続くとみた市場は、まず米株を買い上げ、リスクオン・ムードが急拡大。これをきっかけにドルが買われ、これまで動きが鈍かった対円でもドルが上昇して、あっさりと100円を突破した。
安倍政権はなぜ市場動向に重大な関心を寄せるのか。政権周辺の関係者は「5.22ショック」を理由に挙げる。バーナンキ議長は5月22日の議会証言でテーパリング早期着手の姿勢を垣間見せ、その後、米株とドルは急落した。翌23日の東京市場でも為替がドル安/円高方向に振れ、日経平均も年初来高値をつけた後、大幅に下げた。「誰が何を理由に日本株を売っているのか、確認しようとしたがすぐには分からなかった」とある政府関係者は語る。
日経平均は同23日午前、このバーナンキ発言を十分に織り込まない段階で今年の高値を記録したが、急落した後はいまだにその水準を抜けずにいる。今年前半、株価の上昇とともに順調に上がってきたブレークイーブン・インフレ率(BEI)も今は1.6%台でこう着状態にある。BEIは物価連動国債と普通国債の利回り差から割り出した期待インフレ率を示しており、リフレ派の岩田規久男・日銀副総裁も重視してきた指標だ。
アベノミクスの噴射力を支えてきた市場の「期待」が、株価のこう着感によってだんだんと頭打ちになっているのではないか。政権幹部の胸中にはこうした悩みが増幅し始めているかに見える。
安倍首相は株価、為替、期待インフレ率という3つのデータの好転を挙げ、「アベノミクスで日本経済は好転してきた」と力説してきた。長らく円高に悩まされてきた大阪商工会議所の佐藤茂雄会頭は今月5日、大阪市内で行われた大阪経済4団体共催による黒田東彦日銀総裁との懇談会で、「何よりも、昨年と同じ事を申し上げる必要がないことを大変、喜ばしく思っている」と異次元緩和で円安になったことを取り上げ、同総裁を激励した。
確かに5月22日まで、アベノミクスは順風満帆だった。外為市場での円安によって株高が進み、その結果として企業経営者や個人投資家のマインドが好転し、その勢いを駆って消費や設備投資の増加に弾みがつくとみられていた。しかし、この政策シナリオを支えるべき「円安/株高」というアベノミクスのメーンエンジンは、「5.22ショック」によって変調し、企業の設備投資に火を付ける前に出力が急低下した。
安倍首相は来年4月からの消費増税も決断した。景気への悪影響も懸念され、これまで第2の矢として実施してきた「財政からの景気刺激」効果も、来春からしばらくは期待できなくなった。「消費税を上げる。日銀の物価安定目標に向かって物価も上がる。タイムラグがあるにせよ、賃金が上がらないとアベノミクスは失敗する。その時に安倍政権は危機を迎える」と、安倍首相は甘利明経済再生担当相らに訴えた。
賃上げは、アベノミクスの最終目標である「経済の好循環」を完成させる仕上げの一手だ。日銀の異次元緩和で時間を稼いでいる間に、経済が自律的に成長していく好循環が実現しないと、いずれ失速するリスクが高まる。
だが、企業は賃上げに対して、依然として慎重な姿勢を変えていない。ロイターが10月に実施した企業調査では、復興特別法人税廃止分を賃金に振り向けるとの回答が全体の5%にとどまった。また、賃上げに前向きな企業の中で、一時金での対応と回答した企業が圧倒的に多く、ベースアップまで展望している割合は少数だ。
首相は「お金を持っているのは能力のない経営者だ。投資する正しい判断ができる経営者が優れた経営者となる」と、あえて経営者の資質にまで踏み込み、企業の「チェンジ」を促している。ある政府筋は「内部留保を吐き出せとは言ってない。内部留保があるのだから、収益が改善すれば賃上げができるだろう」と指摘しつつ、いら立ちも隠せない。
昨年12月の総選挙で民主党政権を軽々と破った安倍氏の首相再登板から、まもなく1年が経過する。安倍首相の高支持率に隠れて見えにくいものの、アベノミクスを取り巻く外的な環境は今年前半とは様変わりし、内外で向かい風が強まりつつある。
国内では賃上げの難航、緩和縮小へ動く米金融政策、新興国市場失速の懸念をはらむ海外経済。アベノミクスの行方を左右しかねないこうしたハードルは、どれも安倍政権が直接的に影響力を行使できない問題でもある。もし、3つの問題すべてがアベノミクスの足を引っ張る方向に動き出したときに、安倍首相に切り札はあるのだろうか。
再び注目が集まりそうなのが、アベノミクスの起爆剤となった金融政策だ。「消費増税で下振れリスクが強まれば(日銀は)対応するだろう」とある別の政府筋は断言する。
「世論や政治の微妙な風向きの変化にも敏感」(別の政府筋)とされる黒田総裁は、そうした金融政策への期待の高まりも視野に入れているかのように、2%の物価安定目標の達成が困難になった場合には、必要な政策調整を「ちゅうちょしない」と繰り返す。
しかし、さらなる緩和強化は、中央銀行による財政赤字の補填であるマネタイゼーションへの懸念を高め、「むしろ長期金利が急上昇するリスク」(先の政府筋)がある。また、「戦力の逐次投入はしない」と明言してきた黒田総裁が、追加緩和に踏み切る際に、逐次投入ではないと説明できる新たな論理的枠組みの提示も避けて通れない。
金融緩和、財政政策、そして成長戦略。アベノミクスはこの「三本の矢」が一体として機能して初めて最終目標に近づく。その政策展開は、さらに多く変数が絡み、一段と複雑な連立方程式の様相を呈しつつある。「アベノミクスは結局、1本の矢(金融政策)が実態ではないか」(エコノミスト)との諦観が市場のコンセンサスとなれば、日本経済再生のエンジンが失速する可能性も否定出来ない。