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「ここだけの話だが、今度だけは自民党議席が減って、総理の発言力が弱くなるのを期待している」


 解散総選挙が確実になっていた9月下旬、都内であった経済人らが集まる席で、日銀幹部が打ち明けた。


「選挙結果は次期総裁選出に影響が出るので、重大な関心を持っている。一番、(日銀に)来られて困るのは」


 と、この幹部が挙げたのが本田悦朗・駐スイス大使の名前だった。


「総理は呼びたがっていると聞くが、自民党が勝って安倍続投で、本田大使が来るとなれば、最悪のシナリオだ」


 同じような声は、財務省からも聞こえてくる。


「本人はやる気満々らしい。だが本田さんだけは、勘弁してほしい」


 異次元緩和が始まって4年半あまり。「2%物価目標」の達成時期は6回も先送りされてきた一方で、さまざまな「副作用」が目立ち始めた。


 行き場を失った緩和マネーが、一部の不動産市場などに流れ込んで、「バブル」の様相。一方で、日銀による国債や上場投資信託ETF)の大量購入で、「売り」がなくなった債券などの市場は機能しなくなった。


「日銀による事実上の財政ファイナンス」で赤字財政をやりくりできてきた財務省も、財政再建が遠のくばかりの状況に危機感の方が強くなった。


 こうした状況を受け、日銀内や、日銀と財務省の事務方の間では、水面化で超金融緩和を修正する「出口戦略」が検討されている。


「いま以上のリフレ策はとりたくない。新総裁になるのを契機に、出口論議をやれる流れにしたい」(日銀幹部)

 本田氏が、安倍首相の経済政策の「指南役」として注目されたのは、民主党政権自民党が野に下っていたころだ。


 リーマンショック東日本大震災が重なって経済停滞が続く中で、自民党は「民主党政権には成長戦略がない」との民主党批判を強めていた。


 その時に、財務省を退官し静岡県立大教授をしていた本田氏が、安倍氏に、超金融緩和による「円高是正」やインフレ目標導入などによる「デフレ退治」をアドバイスしたとされる。


 2012年11月の総選挙で、安倍自民党は、大胆な金融緩和、「インフレ目標」を公約に掲げて選挙で大勝。本田氏は、第二次安倍内閣の発足とともに、内閣官房参与になった。


 政権発足後、ほどなくしての翌年1月、官邸で開かれた金融専門家会合。


 政府側からは、安倍首相、麻生太郎財務相甘利明経産相菅義偉官房長官の4閣僚が出席。


 民間からは、中原信之・元日銀政策審議委員、浜田宏一・エール大教授、その後、日銀副総裁になる岩田規久男学習院大教授ら、リフレ派を中心に6人が集まった。


 この席で、専門家側から、「2%物価目標」や日銀と財務省がそれぞれ役割分担をしてマクロ政策に取り組むことなどを掲げた「4提案」が、示される。


 これが「デフレ脱却」に政府と日銀が連携して取り組むことを約束した「アコード」(政府と日銀との政策協定)の原型になった。


 この時も、本田氏は政権側の一人として出席。「アコード」の文面作りに関与したとされる。


「なぜだかはよくはわからないが、総理が本田氏のことをかなり信用していることは確かだ」。首相に近い経済人の一人は話す。


 最近でも、リフレ派の官邸への影響力が根強いことを改めて印象付けたのが、7月に任期切れになった二人の日銀審議委員の後任選びだった。


 黒田総裁の緩和路線に慎重姿勢を続けていた2人の委員の後任に、財務省と日銀は、2人の推薦候補の名前を官邸に上げていた。


 そのうち、鈴木人司・元三菱東京UFJ銀行副頭取は推薦通りに内定。だがもう一人の三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士上席主任研究員は、「名前も聞かなかったし、まったくの(人選の)蚊帳の外だった」(財務省幹部)という。


 積極的な金融緩和に加えて財政拡大を主張する片岡氏の起用には、リフレ派の助言があったとされ、「出口の議論が時期尚早だ、という官邸からのサイン」とも受け止められた。


 さらに総選挙前には、財政健全化計画の目標達成時期の「先送り」もばたばたと決まった。


 こうした流れの中での安倍首相続投だ。首相は3期9年の長期政権を狙っているといわれ、“ポスト黒田”の総裁人事についても、「これまでの黒田路線をしっかりと進める」人物を挙げる。


 そんな「首相の意中の人物」として本命視されるのが本田氏というわけだ。

 とはいえ、この4年半あまりを見れば、本田氏の「指南」がうまくいったとは言い難い。


 ましてや日銀総裁としての力量や手腕となるとまったく未知数だ。


「物価目標は先送りされてきたとはいえ、いずれ次の総裁の5年の任期中には、いまのような金融緩和は不要になるはず。利上げに向かう局面で、リフレ一辺倒の主張をしてきた人物が、金融政策の舵取りをどうしようとするのか、まったく見えない」。市場関係者の一人は言う。


いざなぎ景気」を超える景気拡大が続き、バブル期並みの地価に加え、雇用も逼迫している状況だ。日銀が利上げに動こうとすれば、金利が急騰、国債や株式市場が思わぬ混乱に陥りかねない。さまざまな対話を通じて市場の思惑などを抑えながらの金利正常化への軟着陸を、経験もない総裁にうまくできるのか、というわけだ。


 一方で逆のシナリオもあり得る。


「すでに米国の景気拡大局面は長く続いており、将来、調整局面があり得る。米FRBが利下げに早めに動こうとした時に、為替市場でまた円高に進みかねない。日本は、ゼロ金利・マイナス金利から出られないまま、さらに金融緩和を探らざるを得なくなる」(市場関係者)


 だが、すでに巨額の国債を購入、長期金利操作など、かなりの異例なことをやり、打つ手が少なくなっているのが実情だ。「ヘリコプターマネー」のような過激な政策に踏み込み、ますます泥沼化するリスクもある。


 同じリフレ派のなかにも「本田総裁」に難色を示す声は少なからずある。


「『出口』論をやるのは早いが、異次元緩和だけの一本足打法が限界にきているのは確か。今後の5年間の経済を考えた新たな戦略、枠組みが必要だ」。中原信之・元日銀政策審議員は言う。


「グローバル競争や人口減少で日本経済は実質1%程度の成長を目指すのが精いっぱいだし、物価も上がらない。GDPを次の5年間で、620兆円程度まで増やすぐらいを目標に政策の枠組みを考えるべきだ」(中原元審議委員)


 中原氏が提言するのは、建設国債発行による年間10兆円程度のインフラ投資や日銀保有国債の一部の無利子永久国債への切り替え。「2%目標」は降ろさないまでも、新総裁の任期の最後の年、つまり5年先ぐらいに実現する目標にするという。


 つまり量的緩和策を続けるが、需要創出は財政出動にシフトするというもの。建設国債を増発すれば、日銀も「玉不足」が懸念されている国債購入を続けられるし、日銀保有国債を無利子にすれば、財政の負担が減り財政出動をしやすくなるというわけだ。

 ある財務省OBも、「本田さんよりは、黒田総裁再任の方がましだ。続投要請を受けたら、首相に、異次元緩和の路線修正を言って、それを条件に続投するというのが一番いいのだが」と、本音をもらす。


 一方で、ポスト黒田で名前が上がる日銀OBの一人は、「いまの状況では、後任を引き受けても、尻拭いが大変なだけ。ここまで金融政策を無茶苦茶にしたのだから、そこは責任をもって正常化してほしい」と語る。

#リフレ#アベノミクス