コラム:日銀「誤薬投与」の巨大リスク=上野泰也氏 | Reuters
特に筆者が問題視すべきと考えるのは、日銀が日本経済に飲ませている「薬」は、本当に「正しい処方箋」に基づくものなのかという点だ。
今回の黒田総裁講演もそうだが、いまの日銀はデフレの原因論において、実物経済における需要と供給のバランスの悪さという基本的な部分よりも、デフレマインドが日本の家計・企業に染み付いていることが最大の問題だという主張を前面に出すことが多い。「景気は気から」ならぬ「物価は気から」の論理構成である。だが、モノやサービスの値段が下がると予想していることを理由に家計が消費を先送りしたり、企業が設備投資を先送りしたりする事例は、実際にどのくらいあるのだろうか。
日本人ではなく東京在住の外国人によるものだが、今月6日に英フィナンシャル・タイムズ(FT)電子版に掲載された追加緩和に関する投書の内容は、実に興味深いものだった。「日銀の現在の政策は災難をもたらす可能性が高い」と題したこの投書は、多年にわたり、きわめてマイルドなデフレを(日本で)経験してきた立場からの見方として、不動産や株式における投機目的以外で、将来は値下がりするだろうと考えて人々が買い物を遅らせているようなことはないと断言。物を買う必要がないから(役に立たないか、そうした価格で買うだけの魅力がないのかもしれない)、あるいは買うだけの経済的余裕がないと感じているから人々が買い物を遅らせていることはあるかもしれないが、日銀の政策がそうしたことを変えるのは不可能だとした。
また、人口が増えない国での「プリンティング・マネー」で株価は短期的に上昇するかもしれないが、日本における生活水準を押し下げるだけになってしまうのではないか、とも述べていた。傾聴に値する、正しい指摘だと筆者は思う。デフレマインドがあるがゆえに消費や投資が先送りされているとする日銀のトップダウン的な状況認識は、人々の生活実態や企業の投資行動の実情とは、ほとんどかみ合っていないのではないか。
筆者がコンタクトしている機関投資家からは、「誤った処方箋」に基づいて日銀がこれまで以上に大量に「投薬」を行うことによる「患者の容体悪化」を懸念する声が、より頻繁に聞かれるようになっている。
過剰流動性を背景とする「カネあまり」相場は現在、グローバルな広がりをみせている。さらに、日本の株式市場は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)とともに日銀が下値を支える役回りを果たすことによる「官製相場」の色彩が濃くなっている。このため、ファンダメンタルズで正当化されるよりも一段高い水準で日本の主要株価指数が推移しやすくなっているのが実情だろう。
ファンダメンタルズで正当化できる水準を超えた資産価格上昇は、それが進めば進むほど「バブル」の色彩を濃くする。そして、「バブル」はいずれかの時点で何らかのきっかけで行き詰まって崩壊するというのが、歴史の教えるところである。
薬の例え話でもう1つ言うと、「誤った投薬」を長く続けすぎることによる「中毒症状」あるいは「機能まひ」も問題である。これはもっぱら債券市場にあてはまる。
異様なまでの規模で緩和を積み重ねる一方、「出口」論議を封印し続けている日銀。筆者が先日面談したある国の中央銀行当局者は、日銀の大規模緩和を「壮大な実験」と評した上で、「中央銀行の信認に傷が付くことはないのか」と尋ねてきた。日銀がこのまま走り続ける場合、そうなってしまうリスクはきわめて大きいと筆者はみている。