焦点:指導力強い森金融庁長官、繰り出す「一手」で金融界変革も | Reuters
金融庁長官に昇格した森信親氏が、どのような新政策の「一手」を打ってくるのか、金融関係者の注目を集めている。豊富な人脈と、「霞ヶ関」ではあまり見ない強いリーダーシップを武器に、数多くの制度改革に取り組んできた実績があるからだ。
内外の超低金利が長期化する中で金融機関はビジネスモデルの変革を迫られており、新長官の繰り出す政策によって、日本の金融界の変革が大きく進む可能性もありそうだ。
<満を持しての登板>
金融行政が大きく動き出す局面で、必ず存在感を示してきたのが森氏だ。2年前の検査局長時代、地域金融機関の経営指標をもとに、業績の良い銀行とそうでない銀行が一目で分類できる資料を作成。中長期的な視点に立った経営改革の必要性を訴えたこの資料は「森ペーパー」と通称され、地銀業界に「再編を促すもの」として激震を走らせた。
総務企画局の総括審議官を務めていた3年前には、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用改革に向けて単身で厚生労働省に乗り込み、年金局長と直談判。現在のGPIF改革の下地も作ったと言われる。
森氏は14年夏に監督局長に就任。オンサイト(立ち入り検査)とオフサイト(聞き取り)に分かれていた金融機関への検査・監督体制を一体化させる新政策の体制整備に尽力した。ある金融庁の中堅幹部は「頭は切れるし、度胸も据わっている。組織をトップダウンで引っ張るタイプ」と評する。
<課題は山積>
しかし、新長官を待ち受ける課題は、国内外に山積みだ。国内での最初の試金石は、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の限度額引き上げ問題になりそうだ。
中でも、貯金の限度額引き上げは地域金融機関を初めとした金融界から反発が強いうえ、金融庁自身も、ゆうちょ銀のさらなる規模拡大が逆に金融システム上のリスクを高めると懸念している。
発言力を増す自民党の族議員や首相官邸、総務省などと、どのように落としどころを探るのか手腕が問われる。
ここ数年、金融庁は国内の資産運用ビジネスの高度化に向けた取り組みに力を入れてきた。昨年の金融モニタリング基本方針では、英米の金融機関に求められてきた「フィデューシャリー・デューティー」(受託者責任)という概念を盛り込み、商品開発から運用、販売、それぞれに携わる金融機関が真に投資家の利益のためにビジネス展開するよう求めた。
この方針を公表後、金融庁幹部の私的勉強会で研究が進められ、今年以降、フィデューシャリー・デューティーの具体化が進むとみられている。
世界の金融当局で組織されているバーゼル銀行委員会(バーゼル委)は、リーマンショック後の金融システムの安定化策として、さまざまな金融規制案を公表。これから順次実施していく段階に移るが、金融市場では「複雑な規制が網の目に張られており、逆に市場の流動性が細って自己回復力が落ちている。どんな危機がどこから起こるか分からない情勢」(メガバンク市場担当役員)との懸念も生まれてきた。
こうした中で、次に来るリスクシナリオに向けて、どのような手立てを打つのか。国際的に整合性の取れた規制のあり方に向け、国際交渉の方針も注目される。
<「実質重視」のスタンス>
「形式より実質重視」――。森氏の人柄を語る時に、よく出てくる言葉だ。金融庁が東証とともに策定したコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)は、上場企業の意識改革を促進。社外取締役の採用や株主還元重視への転換など大きな変化をもたらした。
しかし、森氏の本音は「枠組みだけ整えても無意味」で、持続的な成長につながることこそが重要との思いがあるとみられる。
地銀再編についても考えは同じだ。人口減少や低金利の長期化で地銀経営は厳しさを増しているが、金融機関の単なる合従連衡ではなく、統合後のビジネスモデルを重視する立場だ。
内外に課題が待ち受けるなかで「実質重視」の金融行政とは何か。新長官の実行力に期待を寄せる金融関係者は少なくない。