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日本人のための「砂漠の宗教」入門:キリスト教とイスラム教の因縁の始まり|日本人が知らない本当の世界経済の授業|ダイヤモンド・オンライン

「話を戻しますと、キリストが説いたのは“汝の敵を愛せ”という世界ですから、キリスト教というのはずいぶんキリストが説いたこととは違う方向にいっちゃったわけです。とりあえず、ユダヤ・キリスト・イスラムの3つの宗教の基本を整理しておきましょう。この3つの宗教は仲が良くないのでまるで違う宗教のように思うかもしれません。でも、実際は同じ神様を信じているのです


「え〜、じゃあ、ユダヤの神様とイスラム教の神様は同じってことなんですか???」


そうです。ユダヤの神様、ヤハウェイスラムの神様 アッラーは同一です。ユダヤ教キリスト教イスラム教は、旧約聖書を経典としていて、同じ神様を信じているのです。というか、順番から言えば、ユダヤ教からキリスト教が生まれて、キリスト教からイスラム教が生まれてきているので、同じ神様なのはある意味当然です

「ええ。人類の祖“アダムとイブ”が神の命令に背いててエデンの園にある禁断の木の実を食べてしまい、地上に追放されたという話です。これが“原罪”というわけです」


「じゃあ、地球は流刑地みたいなものってことですか?」


「そうですね。この地上は“追放の地、窮乏の地”と考えられて、だから悲惨なのが当たり前だとユダヤ民族は納得しようとしたわけです」

「もし、人間が約束を破ったらどうなっちゃうんですか?」


「それは大変なことです。希望は“剥奪”されますし、厳罰が人間に下ります。神はカンタンに人の命も奪います」


「ひえ〜、ユダヤの神様、コワいです……」


「というわけで、“神の言いつけ、つまり戒律を守る”ということが絶対の教えとされ、ユダヤ教は厳しい“戒律主義”となったのです」


「なんだか、私の知ってる神様とずいぶんイメージが違います。神様って、人間を助けてくれる白髪のおじいさんみたいなやさしいイメージなんですけど」

これに対して、古い昔の文明があった、自然環境が豊かな地域の宗教は多神教です。そこでは神は人に恵みを与えるものであり、豊かな自然そのものが神なのです。山の神もいれば水の神もいるという具合で多神教が生まれてくるのです。そして、人もまた自然の一部であり、この自然の中で生かされている、神の恵みに生かされているという考え方になるわけです。


汎神論論争 - Wikipedia

スピノザの「神即自然」(deus sive natura)という思想は、当時のキリスト教から無神論のレッテルを貼られ、主著『エチカ』(Ethica)は、長い間人々の目に触れることはなかった。そして、長らく「スピノザ的」という表現をした場合、それは無神論であり、一種のタブーとされてきた。

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