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 「三角関数は斜辺から高さを求める(三角比)のが本質じゃなくて、振動を表現する関数なんだよ」。そう言って黒板に円を描いた。しばらく、ぐるぐると円周を描き続けてから「この白墨の動きを真横から見るとこうなる」と、描いた円の右側で、その円の直径と同じ幅で白墨を上下させる。「これが単振動」。そして手を上下させながら私は、学生から見て右のほうへ移動する。移動するにつれて、黒板にはシンプルな波が描かれる。「そしてこれが、sinカーブ。つまりsinという関数は、円運動が振動の本質であることを表している。実はあらゆる音色は、このシンプルな波の重ね合わせでつくり出すことができる。だから音楽を学ぶときはsin、cosがものすごく重要になるんだ」と解説した。予想以上に反響は良く、「その説明、高校のときに聞きたかったです」と何人もの学生に言われた。

 数学の授業であるならば、このあとにはフーリエ級数の話に持っていくところだが、それはしない。有り体に言えば、それをちゃんと解説しきる自信がない。

 私は工学部の出身だが、できの良い学生ではなかった。大学を卒業してすぐデザイナーになってしまったので、多くの関数や方程式の詳細は、忘却のかなたにある。だからこの話は数学のレクチャーではなく、デザイナーとしてものづくりに携わるなかで感じた、数学の美しさを語っているにすぎないのだ。

 数学は、複雑な現象の基本原理をシンプルに表現する。オーディオとsin、cosの密接な関わりは、その一例にすぎない。例えば、段ボールがある方向には曲がりやすく、ある方向には曲げにくいことは、誰でも経験的に知っている。材料や断面積が同じでも、断面の形と曲げる方向によって強さが変わる。この形と曲げ方向の特性を「断面2次モーメント」という概念が、見事に数値化してくれる。大学生のときには退屈だった「材料力学」だが、デザイナーとして改めて出合ったときには、とても美しいと思った。

 数学によるシンプルな本質の表現は、どうやら美的感覚と共鳴するようだ。新しいデザインの仕事をするたびに、少しずつ数学を勉強し直した。もちろん私の数学などは、専門家が駆使するものには比べるべくもなく、浅くつまみ食いして、分かった気になっているだけのものだ。

 それでも、感覚だと思っていたことが、数学できれいに説明されることを知ったとき、あるいは、数学によって、直観が鮮やかに覆されたときでさえ、仕事がぐいと前に進む。

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