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第286回 公益|塾長雑感

憲法では自己決定権という人権の重要性を学びます。子供を産むどうかも個人の人格的生存に関わる重要な私的事項といえますから、憲法が保障する自己決定権の一内容です。では、こうした権利行使がおぼつかないような自律的判断能力に欠けるとされた弱者はどうすればよいのでしょうか。自己決定権は自己決定能力を前提とするから自己決定能力のない者に自己決定権は認められず、社会や国が本人のためにそれを判断するということになるのでしょうか。それを公益という名の下に許してよいのでしょうか。

こうした困難な問題もありますが、少なくとも本人の意思を無視して不妊手術を強制することは違憲違法です。今回の仙台地裁の判決も違憲であることは認めましたが、国賠請求そのものは除斥期間を理由に棄却しました。

そもそも国家賠償は公務員の不法行為に関しては、その雇い主である国民全体が負担することが公平だということで税金から賠償金が支払われるものです。国が賠償金を支払うことによって国民も、自らが主権者として運営している国がこんな違法行為をしたのだと認識するとともに、被害を受けた少数者の視点から主権者として国家のあるべき姿を改めることができます。

権利関係を速やかに確定するための除斥期間経過を理由に損害賠償を否定することは、時効と違い理不尽な思いが残ります。改正前の民法を勉強してきた人ならば、時効と除斥期間の違いは基本的知識として理解しているはずです。援用不要で中断・停止、遡及効もなく、権利の上に眠っているわけでなくても権利行使が否定されてしまいます。だからこそ、これまでも不法行為に関しては権利救済の観点から、例外的に時効の停止規定を類推したり、起算点を再考したりする工夫によって理不尽な結果を避ける解釈がとられてきました。そうした経緯もあって、判例除斥期間とされてきた民法724条後段の20年の期間制限を今回の民法改正で消滅時効に変更したのです。

もちろん、法的安定性と具体的妥当性の調整は困難な問題ですし、事案によって事情も異なることは十分に承知しています。それでも今回は原告らを救済するために除斥期間についての解釈を展開する余地があったと思います。そもそも除斥期間の制度は、相手方の保護、取引関係者の法的地位の安定、その他公益上の必要から一定期間の経過によって法律関係を確定させるために、権利の存続期間を画一的に定めるものですが、今回は相手方は国であり、違憲不法行為をしたと認定している以上は、これらの趣旨はあてはまりません。損害賠償を否定することが公益に適うとも思えません。

この判決の前日には布川事件で冤罪を生み出す捜査をした警察、検察による証拠のねつ造、隠蔽、偽証などの違法行為に関して国家賠償が認められました。50年も前の違法捜査に関する国賠請求です。判決は「除斥期間」の起点は違法行為があった時点ではなく、「再審による無罪判決が確定した時」であるとして原告を救済しました。次のように理由を述べています。  「このような場合に除斥期間の進行を認めることは、再審による無罪判決の確定までに長時間を要した冤罪の被害者にとって著しく酷であるし、また、国や公共団体としても、上記損害の性質からみて、違法行為の時から相当の期間が経過した後に損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられるからである。」

結局は裁判所が原告の被害をどこまで甚大なものと認識し、国民全体で負担することが公平と考えるかにかかっているようです。法律を違憲として憲法秩序を回復する憲法保障と、当事者の救済をはかる私権保障のどちらも裁判所の重要な機能なのですから、裁判官には正しくその権力を行使してほしいと思います。そして今の日本社会に必要な公益とは何かをしっかりと意識して職権を行使してほしいと願っています。