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「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学べ」

「インド独立の父」と言われたマハトマ・ガンディーの言葉だ。

10世紀から11世紀にかけてアラビア世界で活躍したイブン・スィーナーという人物がいる。トマス・アクィナスロジャー・ベーコンをはじめ中世ヨーロッパの知識人にも影響を与えた偉大な医学者であり、アラビア語で偉大な人物を表す「神の証(Hujjat al-Haq)」とも称えられた。

逸話に事欠かないイブン・スィーナーは、10歳で『コーラン』を完璧に暗記し、16歳のときには君主ヌーフ2世を治療したことで王立図書館への出入りを許可され、わずか2年間で中にあるすべての書物を読破したと言われている。中には外国語の文献もあったようだ。

なぜ大量の書物をそれだけ速く読み切ることが可能だったのだろうか。彼の弟子であり、師匠の伝記を執筆したアル・ジュザジャーニーによれば、「師は難しい一節やこみいった問題のところをすぐ読み始め、それについて著者が何と言っているかを見たのである」。おそらくイブン・スィーナーが実践していた技法こそが、これから紹介する「問読(もんどく)」ではないだろうか。

【問読】

1. 文章の章見出しだけを拾い出し、それを問いの形式に変換する

2. 文中から問いの答えを探す

3. 必要なだけ1と2を繰り返し、「問い」に答える形で文章全体の要約を作る

たとえば初めて読む文章に対しては、次の3つのような問いが立てられる。

「どのようなテーマについて書かれているのか?」
「そのテーマについて、どのようなことを主張しているのか?」
「主張を根拠づけるために、どのようなアプローチを取っているのか?」

この3つの問いに答えると、必然的に「これから読むのはどのような文章か?」という大きな問題に対する一つの解答が得られる。このように自分の中で問いを設定して、答えを探しながら文章を読む手法が「問読」である。その中でも、こうした問いを利用して本文を読み始める前に「文章を予習する」読み方を「予読(プレビュー)」と呼びたい。

当然のことながらこういった問いへの答えは、本文の中に書かれていることが多い。しかし答えそのものでなくとも、ちょっとしたヒントは随所に転がっている。書籍であればタイトルや序文、目次、帯の宣伝文句など、新聞やネット記事なら見出しといった部分をヒントにして、答えを推測することは十分に可能である。

たとえばこの記事のタイトルと1ページ目の見出しだけで、先ほどの3つの問いに答えてみると、

(1)テーマ   → 速読
(2)主張    → この記事で紹介する技法を使えば文章を速く読めるようになる
(3)アプローチ → 歴史上の先達たちが使っていた方法を参考にする

となるだろう。具体的な技法の内容はともかく、記事の概要は捉えられている。

このように本文以外の情報を参考にして、だいたいどのような文章なのか予測できれば、本格的に読み進めるのが楽になるはずだ。

はじめて読む文章よりも、過去に一度読んだものの方がスムーズに読み進められた経験は、誰にでもあるのではないだろうか。お気に入りの本や似たような文面の契約書など、何度も目を通していくうちに「どこに何が書いてあるか」という勘所を掴めてくる。予読(プレビュー)にはこれと似た効果があり、あらかじめ概略を予想しておくことで、はじめての文章でも「再読」に近い状態で読むことができる。

このようにして本文が予想できれば、そのうち「じっくり読むべきもの」と「本腰を入れて読まなくてもいいもの」を簡単に識別できるようになる。そもそも集中して読むべき文章を選別すれば、根本的な効率が改善されて、マクロな意味での「速読」が可能になるだろう。

続いて紹介する「黙読」と「音読」については、「そもそも技法なのか?」と首をかしげる人も多いかもしれない。

人類の長い歴史の中で、ずっと「文章(本)を読む」と言えば音読だった。時代劇でよく見る江戸時代の寺子屋が良い例で、先生の後に続いて生徒が古典を繰り返し音読するのが主な教育方法であった。日本で個人による「黙読」が始まるのは、明治時代になってからのことだ。初等教育が整備されて雑誌が普及し、「読書公衆(Reading Public)」が出現したと言われる。

研究によれば、黙読は読むスピードや理解度、記憶成績に関して優れていると言われる。それに周囲の人間を気にする必要がないため、拾い読みや飛ばし読みをしても聴衆から文句を言われることもない。独立した個人が行う「自由な読み方」だと言えるだろう。

一方で音読は、読みたい文章が難解で理解しがたい場合に役立つ。まだ認知能力が発達途中にある小学生にとっては、世の中のほとんどの文章が難解に感じられるだろう。そこで文章を声に出して読むことで、単語を発音することに注意が向き、言葉を一つずつ認識しながらゆっくり読み進められる。こうすることで文章を確実に認識し、理解度を深められるのだ。

だからこそ小学校の国語の授業では、あれほど何度も音読を求めるのだろう。この効果は大人になってからも変わらず、難解な文章を音読することでゆっくりと脳内にインプットし、処理することができる。

しかし音読には、「場所を選ぶ」という決定的なデメリットがある。黙読と異なり周囲の目がある空間では難しいし、自宅でも家族に聞かれるのはちょっと恥ずかしいかもしれない。そのような場合に勧めたいのが、次の指読だ。

平安時代「角筆(かくひつ)」という筆記用具があった。先端が尖ったペンのような棒状の道具で、墨などをつけるのではなく、その鋭い先端で紙を引っかき凹ませて絵や文字を記録するために使われた。中でも書物にこっそりと書き込みを入れるためによく使われていたという。

当時の平安貴族が主に読んでいたのは、漢文で書かれた文章である。学生時代を思い返すと、漢字が並んだ文章の右側に「レ」や「一、二、三」といった記号が付されていただろう。平安時代の読み手も、簡単に日本語の文章に変換するために「ヲコト点」という目印を角筆で書き込みながら読んでいた。それ以外にも、他人に知られたくない秘密のメモや下書きなど、角筆が使われる場面はいろいろあった。

しかしこの角筆には、もう一つ大きな効果があると考えられる。それが読むスピードのアップであり、ここで紹介する「指読」という技法である。

【指読】

1. 今読んでいる部分を指やペンで指す

2. 行に沿って指やペンを動かす

文章を読んでいる時に、「どうしても集中できない」と感じる人は少なくないのではないか。原因の一つは、読解に必要な認知資源を上手に活用できていないことだと考えられる。そのような悩みを抱えた人におすすめなのが、この指読だ。

指読の最大のメリットは、常に現在地を確認できることだろう。行を越えると次の文字が追いにくい、読んでいたはずの文字を見落としてしまうなど、文章を読みなれていない読者にはよくある落とし穴だ。

しかし読むべき文字を順次指で追っていき、まさに「指さし確認」しながら読み進めれば、視線が指先に固定されてちょっとした失敗を回避できる。指を高速で動かすことは難しいため読解スピードは制限されるが、後戻りや読み間違えが減るし、何より集中して取り組むことができる。

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