https://d1021.hatenadiary.com
http://d1021.hatenablog.com

タリバンが国外に逃れると、アメリカは戦略の焦点を失った。そして、テロの拠点が二度と構築されないようにするため、最終的にアフガンを民主主義制度と憲法に従い統治する政府を兼ね備えた近代国家に変えるしかないと確信した。

このような大計画は、アメリカの政治手続きと両立可能なものではない。アフガン駐留米軍の大幅増員を受けて書いた2010年の論説で、そのプロセスが、ジハード主義ではないアフガン人でさえ反米感情を抱くほど長引き、押しつけがましいものになるだろうと、私は警告した。

アフガニスタンは決して近代国家ではない。近代国家の前提条件には、共通の義務感と権力の集中があるが、アフガニスタンにはこれらの要素が欠けている。アフガンに近代民主主義国家を構築し、政府の命令で全土を一様に徹底できるようにするには、何十年もの長い時間がかかる。

中央集権的な支配は、同国の地理的・民族宗教的な特質に反するからだ。そもそもアフガンがテロ組織にとって魅力的な拠点となったのは、国家統治の難しさと近寄りがたさ、そして中央権力が不在であったことに尽きる。

アフガニスタンという明確な実体は18世紀まで遡れるが、その社会を構成する人々は、権力の集中に対して常に激しく抵抗してきた。アフガニスタンには、決定的な影響力を持つ実力者が一族の部隊を取り仕切る封建的な構造が基本にあり、国内における政治的、特に軍事的統合については、民族や一族の方針に沿って進められてきた。

通常、こうした部族軍は互いに対立の火種を抱えるものだが、外部勢力の介入に対しては、幅広く連携してきた。1839年のイギリス軍や1979年のソ連軍などが、中央集権や統一を押しつけようとしてきた際もそうだ。

イギリスは、死や拘束を免れた生存者がわずか1人という悲惨な状態で、1842年にカブールから撤退した。1989年のソ連撤退も、部族を超えた一時的な連携によってもたらされた。

「アフガンの人々は自分たちのために戦おうとはしない」という現代のアメリカの議論は、歴史に裏付けられていない。彼らは一族のため、部族の自治のために、激しく戦ってきたのだ。

アフガン戦争には、時の経過とともにアメリカ国内の支持が徐々に低下するという、過去の対反乱作戦と同様の特徴が見られるようになった。タリバンの拠点破壊は実質的に成功したが、戦争で荒廃した国での国家建設にはかなりの軍事力が必要だった。

さらに、タリバンを抑え込むことはできても、排除はできなかった。そのうえ、馴染みのない形態の政府を導入したため、政治的なコミットメントは弱まり、すでに蔓延していた汚職に拍車がかかった。

我々は自ら招いた今回の失敗を埋め合わせるために、たとえば他地域への正式なコミットメントを新たに打ち出すといった、大がかりな戦略的手段を当面は繰り出せないことを認識しなければならない。アメリカが軽はずみな行動に出れば同盟国の失望を増幅させ、敵対国をつけ上がらせ、周囲の国に混乱を引き起こすだろう。

#南アジア

#米大統領

d1021.hatenadiary.jp