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「紙は覚えたことを思い出すための手がかりが豊富であることが原因でしょう。手帳にメモする場合、その手帳の何ページあたりで、見開きのどの位置に書いたか、といった『空間的な情報』と関連づけて、書き留めた内容を記憶できます。また、自分で書き留めたという『体験の情報』と相まって、書いた内容が頭に浮かんできます。筆の運びや筆圧が記録されることも、想起する時の手がかりとなる。ボールペンよりも万年筆や毛筆のように、太さや速さの変化が痕跡として残る筆記具の方が、文字の視認性に優れています。さらに下線を引いたり付箋を貼ったりすれば、一層忘れにくくなります」

「デジタル機器では文字が書きにくい。ペンが滑って筆圧がコントロールしにくいですし、後で自分の字が読めないこともあります。また、画面のスクロールなどのために位置と結びつかないので、記憶がしにくいのです。デジタル機器のメモ機能は、メモ帳と比べて改善の余地が大きいと感じます」

「教室の前の方で熱心に聞いている学生なのに、その机の上にはノートや筆記具が載っていないということが多々あります。コロナ禍でオンライン授業が増えましたが、ウェブカメラでは学生の手元は映りませんから、その状態が放置されているのではないかと心配しています。実はそうした『メモを取らない』という習慣は、小学生の頃からの指導に原因がありそうです。ある一定の世代までは、授業中に先生の話を聞きながらノートを取り、同時に板書も書き写すという『マルチタスク』が当たり前でした。ところが最近は、集中力が分散するという誤った理由で『シングルタスク』が推奨されているそうです。先生が話す時は聞くことにのみ集中させ、その後で生徒にノートを取らせるのです」

 そうした教育方針に酒井教授は異論を唱える。

「強制的に生徒を一つのことへ集中させたために、失われるものもあります。日常生活ではマルチタスクも必要です。例えば車の運転では、標識や信号機を見ながらも、道路状況だけでなく、周囲の歩行者などにも注意を払わないといけません。そうした状況を確認せず、シングルタスクによる自分の見込みだけの運転は極めて危険なのです。学習の場などでは、『話を聞きながらメモを取る』というマルチタスクが基本です。話を聞くだけでは、頭にほとんど残らないでしょうし、後で確かめようもないのです。今後、デジタル教科書が導入され、タブレット端末で完結してしまうと、ノートやメモを取れない人が続出することでしょう」

「デジタル教科書のメリットとして、さまざまな情報にアクセスしやすくなることがよく挙げられます。抽象的な概念でも、ビデオ教材へのリンクが理解の一助になるかもしれませんし、検索機能を使えば必要な情報を瞬時に入手できるでしょう。しかし、多くのリンクに目を通したり、動画を視聴したりするには、今までと違った時間の使い方が必要となります。その分、自分で考えたり想像したりして、足りないところを補う余地がなくなってしまいます。教育は、楽をすることや効率が目的ではありません。もっと時間をかけて物事を深く理解し、必要な知識を定着させること、そして、未知の問題にも通用するような柔軟な思考力を鍛えることが重要ではないでしょうか。便利なデジタル教科書やタブレット端末に頼ることで、繰り返し書いて覚えるといった教育の根幹が揺らぐことを憂えています」

 また、安易な検索によって、膨大な情報を受け止めきれず、表面的な理解にとどまったりする可能性も指摘する。

例えば、ゴッホの有名な《ひまわり》という作品は、ネット上の画像だけでどこまで理解できるでしょうか。たとえ高精細のデジタル技術で画像が再現されたとしても、そのリアルな大きさや質感まではわかりません。本物を見たときに得られる情報の量と質とは比べものにならないのです。巨大なキャンバスに描かれた花全体の迫力や、絵の具が3次元的に盛り上げられた力強い表現を眼前で体験することは、ネットサーフィンとは異質なものです」

 今後、デジタル教科書が普及していく中で、どのようなことに注意する必要があるのだろうか。

「教育の目的をしっかり見据えた上で、紙とデジタルを使い分けることが現実的でしょう。それはバランス良く選択すればいいのではありません。あくまで『紙が主、デジタルは従』という、あえてアンバランスな選択を貫くことが大切です。例えば、空欄を残したプリントを用意して、授業中にその部分について考えさせる一手間を惜しまないことです。そういう能動的な余地を残しておかないと、生徒は常に受動的になってしまい、結果として学力低下に陥る可能性があると思います」

 その意味で反面教師とすべきなのは新聞記者だろう。政治家や役所の会見がテレビ中継される際、聞こえてくるタイピングの連打音。取材する記者がその発言の一言一句を間違えないようにパソコンに打ち込んでいるのだ。しかし、こうした行為は情報を受動的に取り入れさせ、能動的な思考力を低下させるという。

「パソコンを使って人の発言をタイプしようとすると、どうしても書き下してしまうものです。自分で咀嚼(そしゃく)する間もなく、受け身になってひたすらキーボードを叩く方が楽ですから。これは先ほど申し上げたシングルタスクですね。内容の理解が浅くなると、その場その場で能動的に質問をすることもできません。自分で手書きのメモを取れば、相手の発信する膨大な情報から要点を押さえることができますし、そのメモを見直す余裕があれば、理解を深めたり、理解していない部分に気づいたりできるようになります。それが取材の基本ですし、他の仕事にも応用できるでしょう」

「会社内の書類でも、深い理解を必要とせず、斜めに読めば済むようなものはデジタル化すればいいと思います。しかし、仕事の成否を左右するような文書では、手間を惜しまずにプリントして、紙上でじっくり見るべきです。パソコン上で推敲し終わった文章でも、印刷して読み直すと誤字が見つかるものです。PDFの書類だとパソコン上でスクロールしてしまいます。一方で紙は机の上に固定されるので、文字の位置も変わりません。すると、文字の位置情報を手がかりに誤字などの間違いに対する『注意』が働きやすくなります」

 他にも「紙」にはこんなメリットがある。

例えば、小説などを読む時には、登場人物の描写や伏線などを戻って読み返したくなることもあります。これをスクロール・バーだけで探すのは至難の業ですが、紙の本なら、だいたい当たりを付けてページをめくっていけば、すぐに見つかるものです。さらに印を書き込んだり、付箋を貼ったりしながら読めば、より確実です。デジタル文書ではキーワードが分かれば素早く検索できますが、キーワードを思い出せないとお手上げでしょう。資格試験などの合格を目指している人は、紙の本を何度も何度も読み返して、相互参照することで、大切なポイントを記憶していくことになるわけです

 クリエイティブな仕事をしたいと思っている人なら尚更良い効果を生む、と酒井教授は締め括る。

「今年の東京五輪の聖火台をデザインしたデザイナーの佐藤オオキさんは自身のアイデアをまずはノートに書きだすそうです。手書きのノートを作ることは、集中した完成度の高い仕事に役立つと思います。アイデアを紙でメモにしたり、イラストにしたりすることで、ゆっくり考える時間が生まれ、創造力を発揮することができるでしょう。そのプロセスこそが大事だと思います。紙のノートを大事にしながら、何度も見返すことで、より良い案が生まれてくるものです」

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