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米連邦準備理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)が、一部の金融機関の経営破綻に伴う金融市場の不安定化にかかわらず、ともに政策金利の引き上げを継続したことは記憶に新しい。

公表された3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)やECB理事会の議事要旨は、その最大の理由として、物価安定と金融安定という政策目的は別の政策手段によって達成すべきとの考え方を指摘している。

<分離原則を確認した米欧中銀>

つまり、金融安定の回復のために中央銀行が行使すべき手段は、金融システムに対する機動的な流動性の供給、いわゆる「最後の貸し手」の機能を発揮する手段であり、政策金利の上げ下げは物価安定の回復のために行使すべきとの考え方だ。

FOMCでは「最後の貸し手」の機能を金融安定の回復にとって「第1次防衛線」と位置付ける方針が確認されたほか、ECB理事会では、2つの政策目的にそれぞれ別の政策手段を割り当てる方針を「分離原則」と称しつつ、その堅持を確認した。

こうした考え方は、複数の政策目標を同時に追求するには同数の異なる政策手段が必要というティンバーゲンの政策割り当て」と呼ばれる経済理論と整合的であるだけでなく、金融安定の回復のために「最後の貸し手」の機能を発揮しても、物価安定の回復に対する影響を抑制しうる印象を与える点で、わかりやすく、かつ受け入れられやすい面がある。

しかし、実際には、特に大規模な金融緩和を続けた後という現在の局面では、こうした単純な整理も該当しにくくなってきたことに注意する必要がある。

<近年の金融仲介機能の実態>

第1のポイントは、物価安定の回復と金融安定の回復とは金融仲介機能を通じて相互に連関しており、近年にはそうした傾向が一層強まっている可能性だ。

金融安定が損なわれて不安心理がまん延すると、金融機関はリスクのある投融資を控え、安全資産への運用を増加させるほか、企業や家計も相対的に安全とみられる金融機関の預金あるいは現金の保有を増やす。

この結果、金融機関は企業や家計にとって必要な与信を維持することが困難になり、経済活動にも支障を生ずることになる。

従って、中央銀行が機動的な流動性供給によって「最後の貸し手」の機能を発揮することは、金融機関による「貸し渋り」のような金融仲介機能の低下を抑制することで景気の底割れを防ぎ、結果として物価安定の回復にも寄与する。

しかも、米欧だけでなく日本を含めて近年の状況は、金融安定が喪失しなくても、金融仲介機能の低下が生じうることを示唆している。

例えば、金融緩和のために実施された大規模な国債買い入れやその後の中央銀行による大量の国債保有は、少なくとも日米で国債市場の機能に負の影響を与えている。ベンチマークとしての国債利回りが適切に形成されないことは、金融機関の貸し出しや資本市場での起債の条件設定に支障を与えることで、金融仲介機能の低下を招く恐れがある。

そうなれば、中央銀行が物価安定の回復のために政策金利を上げ下げしても、その影響が幅広い市場金利に円滑に波及することも難しくなる点で、物価安定の回復にも支障となりうる。

つまり、金融安定の回復を市場機能の面まで拡張して考えれば、物価安定の回復との関係はより密接になったと理解できる。

<政策波及経路の変化>

第2のポイントは、物価安定の回復のための政策金利の調整による効果の波及経路が変化している結果、金融安定に対する意味合いも変化している可能性だ。

中央銀行政策金利を上げ下げすると、企業や家計の設備投資や消費といったフローの経済活動に直接的な影響を及ぼし、総需要の変化を通じて物価動向に影響を及ぼす、というのが伝統的な金融政策の理解である。

しかし、日米欧のような主要国では、フローの経済活動に比べて、実物資産や金融資産といったストックの重要性が相対的に大きいことは言うまでもない。

従って、政策金利の上げ下げによる効果も、資産価値の変動に伴う企業や家計の経済活動の変化、例えば、担保価値や企業価値の増減を映じた設備投資の動きや資産効果による消費の増減などに注目する必要がある。

また、保有する金融資産の価値の変化が、金融機関の投融資スタンスに影響を及ぼすことも当然である。

加えて、長期にわたる低金利環境の下で、主要国では企業や家計の負債規模が漸増傾向をたどってきた。家計については、コロナ期の各国政府による財政支援のためにそうした傾向が止まっていたが、足元では復活の兆しもある。

当然ながら、こうした負債は実物資産や金融資産と表裏一体であるだけに、政策金利の上げ下げは企業や家計の資産と負債の両面に同方向の影響を及ぼす。

しかも、対国内総生産(GDP)でみたマクロ的な負債の規模が上昇傾向にあることは、何らかの問題が生じた場合の経済活動へのインパクトもそれだけ増加していることを示唆する。

これらの点を踏まえると、物価安定の回復を目指して政策金利の上げ下げを行うことに伴う金融安定への影響は、以前より大きくなっている恐れがある。主要国の中央銀行は、それぞれの金融システムが金融機関の自己資本流動性の面で頑健性を維持していると評価しており、それ自体には異論の余地は少ない。

それでも、物価安定の回復との関係では、設備投資や消費といったフローの経済活動だけでなく、企業や家計が保有するストックの価値への影響も慎重に見極めることが求められる。

<ポリシーミックス論>

米欧の中央銀行も、物価安定の回復と金融安定の回復を区別して位置付けつつも、最近では両者の相互関係を意識した考え方も示唆しつつある。

例えば、FRBのパウエル議長は3月のFOMC後の記者会見で、一部の銀行破綻に伴う金融環境のタイト化も考慮に入れつつ、政策金利の引き上げの程度を調整する考え方を示唆した。

また、3月のECB理事会の議事要旨でも、少なくとも長い目で見れば、両者の政策目的の達成は一体として位置づけるべきとの考えが示されている。

本稿で検討した構造変化を踏まえると、これらは望ましい方向での動きとみることができるが、なお留意点も残る。それは、金融環境のタイト化が物価安定の回復に与える意味合いは、その原因によって異なりうる点だ。

例えば、金融環境のタイト化が政策金利の引き上げによって生じたのであれば、それは物価上昇の抑制が必要な局面であり、従って景気も底堅い状況にある蓋然(がいぜん)性が高い。その意味で、上記のようなストック面の波及経路を考慮しても、金融安定への影響が抑制的になることも期待しうる。

これに対し、金融環境のタイト化が金融システムの不安定化やそれに伴う不安心理によって生じたのであれば、金融安定に対する意味合いが大きく異なることは言うまでもないし、中央銀行の政策対応も先に見た金融仲介機能の維持も含めて、異なる視点が求められる。

現在の米欧経済は景気が減速する下で物価安定の抑制が必要という意味では、今回生じた銀行破綻は、上記の2つのパターンのいわば中間のような複雑な事態を招来する恐れもあった。

その意味でも、今後は金融環境の推移とその背景を適切に見極めながら、物価安定の回復と金融安定の回復の相互作用を明確に意識した政策運営が求められる。

#ティンバーゲンの政策割り当て