「中国が軍への攻撃を黙認したのではないかという見方さえある」
— NHKニュース (@nhk_news) December 23, 2023
クーデター後、軍が実権を握るミャンマーで少数民族が一斉に攻撃をしかけ、ミャンマー軍は各地で守勢に立たされている
新たな局面を迎えたミャンマー情勢、現地で何が起きているのか?
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おととしのクーデター後、軍が実権を握るミャンマーでいま異変が起きています。
「自らの身を守るため投降する道を選んだ。その判断に悔いはない」
少数民族の攻撃を受け、投降したミャンマー軍の大尉はこう語りました。
軍が各地で守勢に立たされ、兵士の投降が相次いでいるミャンマー。いま何が起きているのか、取材しました。
(アジア総局記者 高橋潤 / 国際部記者 北井元気)
それは10月27日に始まった
「どうやら少数民族が一斉に攻撃を始めたようだ」ヤンゴンのスタッフから連絡を受けたのは10月27日の午後。
戦闘をしかけたのは、中国との国境に近い東部シャン州を基盤とするMNDAA=ミャンマー民族民主同盟軍、TNLA=タアウン民族解放軍、そして西部ラカイン州を拠点とするAA=アラカン軍という3つの少数民族の武装勢力でした。
少数民族の武装勢力(ミャンマー シャン州 2023年10月投稿)
130を超える少数民族を抱えるミャンマーでは、国内各地で少数民族の武装勢力が一定の支配地域を維持し、クーデター前からミャンマー軍に対して攻撃をしかけることがありました。ところが今回は、これまで思惑の違いなどから一致した行動をとることができずにいた3つの勢力が、軍による支配の打倒などを掲げ、連携して立ち上がったというのです。
同時多発的な攻撃に軍は対応できず、少数民族側は中国との交易拠点の町や軍の施設などを次々と支配下におさめていきました。
当初は一時的な戦闘という見方もありましたが、少数民族側の動きに民主派勢力も呼応して合流したことで攻勢はさらに拡大。戦闘は始まった日にちなんで「1027作戦」と呼ばれるようになりました。
クーデター後の軍の支配
2021年2月のクーデター後、ミャンマーでは軍トップのミン・アウン・フライン司令官が実権を握っています。
民主派運動の指導者アウン・サン・スー・チー氏は、軍による非公開で一方的な裁判で懲役27年の刑期が言い渡され、刑務所に拘束され続けています。
民主化運動の指導者 アウン・サン・スー・チー氏
抗議デモの参加者に実弾をあびせ、民主派勢力を支援する村には戦闘機で無差別的な空爆を行うなど力による支配を進めてきたミャンマー軍。ミャンマーの人権団体のまとめでは、戦闘に巻き込まれるなどして、これまでに4000人以上が死亡していると見られています。
そのミャンマー軍が、今回の「1027作戦」では、クーデター後初めて各地で守勢に立たされているというのです。
次々と投降する兵士
ネット上には軍の苦戦ぶりをあらわす動画が次々と公開されました。なかでも象徴的だったのが、武器を捨てて投降する兵士たちの映像です。
投降した兵士たち
「我々は同胞だ。心配するな、こっちへ来い」と呼びかける声にしたがって投降してきた兵士たちは、泥だらけで疲れ切った様子でした。なかには戦死した仲間の横に座り込み涙を流す兵士の姿もありました。民主派勢力の組織「国民統一政府」によりますと、投降した兵士の数は11月29日までに541人に上ると言います。
家族とともに軍の施設内で集団生活を送り、相互監視や上官による洗脳で、命令に背けない環境に置かれているとみられていたミャンマー軍の兵士が、これほどの規模で投降するのは異例の事態です。
軍内部で何が起きているのか
いまミャンマー軍の内部で何が起きているのか。タイと国境を接する南東部カレン州で少数部族の武装勢力の1つ、KNU=カレン民族同盟に投降した軍の大尉が、NHKの取材に応じるという連絡が入ってきました。
少数民族側の監視下で行われたインタビューにミャンマーの伝統衣装ロンジーを身につけて現れた大尉は、両親に望まれて軍に入り、2009年に陸軍士官学校を卒業したといいます。
軍によるクーデターについては「友達は不服従運動に加わったと聞いたが、その後、私との連絡は完全に途絶えた。私は両親や妻のことを考え、不服従運動には参加しなかった」と話しました。
投降したミャンマー軍大尉
大尉は先月、カレン州に派遣され、50人あまりの部下とともに橋を守る任務に就きましたが、着任から2日後には少数民族側からの攻撃が始まり、孤立無援のなか投降せざるをえなくなったと言います。投降したミャンマー軍大尉
「25人の部下が戦死した。生きていられるだけ自分たちは幸運だ。自らの身を守るため投降する道を選んだ。その判断に悔いはない」大尉は軍トップで、国の実権を握るミン・アウン・フライン司令官についても厳しく批判し、軍内部で統制が乱れ、士気が低下していると証言しました。
投降したミャンマー軍大尉
「司令官は道を踏み外しつつある。軍内部で彼の指導力を信じる者はもはやいない。軍にいる兵士やスタッフで以前のように彼を信奉する者はいない。
軍が権力を握り続けて苦しむのは、まず一般の国民、その次が下級兵士やその家族だ。彼らの未来は明るいものではない」投降した軍の兵士たちは自炊したり、竹笛を作って演奏したりと比較的自由な生活を許されているようです。しかし、少数民族側が撮影した映像ではかつて守っていた橋の前に整列し、軍の攻撃で犠牲となった人たちを追悼する敬礼を強いられている様子も写っていました。
市民に銃口を向けてきた軍への反発の根強さをうかがわせています。
戦闘の激化による死傷者数の増加などで、軍は兵員の確保に苦慮しているとみられます。
軍の報道官は12月、国営メディアを通じて、「通告なく軍から離れた兵士が軍に戻ってくるなら、無許可欠務とするだけで軍務への復帰を認める」と呼びかけました。
本来なら規律を厳守しなければならない軍が、逃亡兵の処置をあいまいにして原隊復帰を認めたことは、それだけ兵員が足りていない状況を示していました。
軍の支配は揺らぐのか?
ミャンマー情勢に詳しい京都大学東南アジア地域研究研究所の中西嘉宏准教授は、兵士の投降が相次ぐ背景には、兵士の不足や士気の低下があると指摘します。中西准教授
「国境に近い地域などで軍が劣勢になるなか、前線の兵士が時には奇襲のような形で攻撃を受け、耐えきれずに投降するケースが増えています。命の危険があれば軍から逃げ出す兵士もいて、士気は決して高くありません。
これまで軍に多くの兵士を供給していた地域を軍側が統治できなくなっていて、戦闘が激しい地域には兵士を送ることができず、ローテーションもできなくなっています」一方で、今後の展開については、都市部に近づけば同じようにはいかないとして、軍事的な手段だけでは事態が一気に進展する可能性は低いという見方を示しました。
中西准教授
「現在戦闘が行われている山岳地帯や自然環境の厳しい地域とは異なり、内陸の平野部に入るほどゲリラ戦に限界があるため火力に勝る軍側が巻き返す可能性が高いと思います。
抵抗勢力としても一般市民への被害が出る都市部での戦闘はなるべく避けたいと考えていて慎重になるでしょう」鍵にぎる中国の動き
さらに今後の鍵を握るとみられるのが中国の動きです。今回、最初に一斉蜂起した3つの少数民族勢力のうち2つは、中国との国境地帯を拠点にしています。
文化的にも中国に近く、中国系の住民も多く住んでいるほか、中国人目当てのカジノがあると言われています。このため10月27日から始まった武力衝突については、中国が黙認したのではないかという見方さえあるのです。
中西准教授は少数民族側が一斉蜂起の目的の1つに「オンライン詐欺の撲滅」も掲げた点に注目しています。
中西准教授
「中国国境のミャンマー軍側が統治していた地域にはいま、中国向けのオンライン詐欺やオンラインギャンブルの拠点があり、中国はその摘発をミャンマー軍側に再三働きかけたにもかかわらず、十分に行われていませんでした。
これに対して武装勢力側は、ミャンマー軍への対抗だけでなく、詐欺グループやオンラインギャンブルの拠点を潰すことも目的の1つにすることで、中国側にミャンマー軍への攻撃を黙認、容認してもらうという意図があったとみられます」その一方、戦闘が想定していたよりも激化し、国境周辺の治安が悪化したことは想定外だったとの見方も出ています。
中国は11月25日にはミャンマーとの国境を封鎖する軍事演習を行ったほか、戦闘から逃れようと中国国境に近づいてきたミャンマーの市民に対し、催涙弾を発射して追い返すなどの実力行使にも出ています。
中国との国境に集まったミャンマーの避難民(2023年11月)
さらにミャンマー側も中国への不信感を募らせていることがうかがえる出来事がありました。最大都市ヤンゴンで11月、軍を支援するグループが中国大使館の前でデモを行い、中国がミャンマーの内政に関与していると批判したのです。
ミャンマーではクーデター以降、軍の許可なくデモを行うことができないことから、今回のデモに軍が何らかの形で関わっていることは明白でした。
ギクシャクした関係はしばらく続きましたが、12月6日にはミャンマー軍が外相に任命したタン・スエ氏と中国の王毅外相が北京で会談し、双方が緊密に協力して国境管理を行っていくことで一致しました。
中西准教授
「ミャンマー軍にとって中国というのは最大の脅威です。
ただ、軍事力でかなわない脅威でもあるため同時に友好関係も結ぶ。矛盾する目的を常に続けていくという関係性だと思います。
両者の関係を決定的に変えるということではありませんが、それも今後の戦況次第でどう変化するか分からず、両者の関係は常に不安定です。
中国としては国境地帯の安定が一番大事で、いま起きている武力衝突をできるだけ早く収束させたいと考えるとみられます。ただ、少数民族武装勢力もミャンマー軍も、中国の指示に従うような組織ではなく、対話によって本当の意味での停戦につなげるには時間が必要です。
中国がどの程度、関与するかはわかりませんが、基本的には自国の利益を目的とした介入にとどまると思います」その後、中国外務省は12月14日、中国が仲介した和平協議で双方が一時的に停戦することで合意したと突然、発表しました。
しかし、軍と少数民族の武装勢力からの発表はなく、現地メディアは依然、戦闘は続いていると伝えています。
ミャンマー軍と少数民族、そして中国の複雑な利害がからみあう「国境地帯」で始まった今回の一斉蜂起。
国民の軍に対する不満が高まり続ける中、その勢いは今後どのような展開を見せるのか。クーデターからまもなく3年、ミャンマー情勢は新たな局面を迎えています。
#ミャンマー(少数民族武装勢力 一斉攻撃・NHK「中国が軍への攻撃を黙認したのではないかという見方さえある」)
ミャンマー 少数民族側が軍に一斉攻撃 “中国は黙認と認識”https://t.co/igSahCnP8x #nhk_news
— NHKニュース (@nhk_news) December 23, 2023
ミャンマーではことし10月下旬、おととしのクーデター以降、実権を握る軍に対して、中国と国境を接する東部シャン州で3つの少数民族の武装勢力が一斉攻撃を始めました。
中国外務省は今月14日、中国の仲介で双方が一時的な停戦に合意したと発表しましたが、軍と少数民族側からの発表はありません。
このうちTNLA=タアウン民族解放軍は、15日にシャン州北部にある軍の施設を攻撃して制圧し、多数の武器を押収したとする映像や写真を公開し、戦闘は続いているとしています。
TNLAの報道官はNHKのインタビューに対し「今月だけでおよそ50の軍の施設を制圧した」と成果を強調しました。
そのうえで一斉攻撃の目的について、市民の生命と財産の保護、軍の打倒、それに特殊詐欺の撲滅をあげました。
特殊詐欺を巡っては、中国人の詐欺グループがシャン州の中国国境周辺に拠点を置いているとされ、中国政府は繰り返しミャンマーに取締りを求めていますが、軍には詐欺グループを保護する見返りとして金銭が流れていると指摘されています。
一斉攻撃の目的の1つに特殊詐欺の撲滅を掲げたことについて、報道官は「もともとは中国が思いつき、われわれも実行することを決めた。作戦の開始前には中国側が連携を求めてきたので喜んで受け入れた」と述べ、事前に中国側からの接触があったことを明らかにし、ミャンマー軍と友好関係にある中国が、少数民族の作戦を知りながら事実上、黙認していたという認識を示しました。
一斉攻撃には民主派勢力も呼応し、その後拡大していて、国境周辺の安定化もはかりたい中国がどれだけ関与していくかに関心が集まっています。
監禁され詐欺関与の男性「ノルマ達成できないと殴られた」
中国との国境付近のミャンマー東部シャン州で、中国人の特殊詐欺グループに監禁され詐欺に関わっていた25歳のタイ人の男性がNHKの取材に答え、実態を証言しました。男性は、インターネット上でミャンマーで高収入の仕事があるという求人情報を見つけ応募したものの、現地に到着するとパスポートや携帯電話を取り上げられ、2か月間にわたって監禁されました。
恋愛感情を抱かせて金銭をだましとる「ロマンス詐欺」にかかりそうな中国人女性の情報を、1日に3人分以上集めることがノルマとして課されたということです。
男性は「ノルマが達成できないと、中国人に見せしめとしてみんなの前で棒やイスで殴られたり、電気ショックを与えられたりした」と話し、詐欺に協力せざるを得なかったと説明しました。
しかし、ことし10月下旬に少数民族の武装勢力が軍に対する一斉攻撃を開始すると、特殊詐欺グループは活動ができなくなり、男性はミャンマーの警察によって軍の施設に連れて行かれたということです。
2週間ほどの間に、施設の周辺でも戦闘が次第に激しくなったということで、男性は「四六時中銃声が聞こえた。寝ているときも屋根から砲弾が落ちてくるのではないかと怖くて生きた心地はしなかった」と話していました。
男性は中国側に逃れたあとタイ当局に保護され、詐欺グループの実態について詳しく調べられましたが、罪には問わないと判断されたということです。
男性は「金も何も得ることはできなかった。中国人にだまされた」と後悔を口にしていました。
OHCHR=国連人権高等弁務官事務所は、ミャンマー国内では、外国人を含む少なくとも12万人が特殊詐欺に加担させられていると分析しています。
中国 高齢者や富裕層などねらった特殊詐欺 被害深刻に
中国では高齢者や富裕層などをねらった特殊詐欺の被害が深刻となっていて、公安当局が取締りを強化しています。国営メディアによりますと、去年1年間に当局が摘発した特殊詐欺の件数は46万件余りにのぼり、年々、増加傾向にあるということです。
一方、中国国内での取締りが強化されるにつれて、東南アジアの国々など海外に拠点を移した詐欺グループが動きを活発化させていることから、各国の当局などとも連携して対応に乗り出しています。
とりわけ国境を接するミャンマーでは、特殊詐欺に関わった疑いで拘束された容疑者が中国側に引き渡されるケースが相次いでいて、ことし9月上旬には1207人、10月中旬には2349人がミャンマー北部から一斉に移送され、中国当局が取締りの成果を強調しています。
中国の王毅外相は、ミャンマー軍が外相に任命したタン・スエ氏と今月に会談した際、特殊詐欺への対応をめぐる協力について言及したうえで「双方は協力をさらに強化し、特殊詐欺という腫瘍を徹底的に取り除くべきだ」と述べています。
#ミャンマー(少数民族武装勢力 一斉攻撃・TNLA=タアウン民族解放軍報道官「今月だけでおよそ50の軍の施設を制圧した」「目的は市民の生命と財産の保護、軍の打倒、それに特殊詐欺の撲滅」「もともとは中国が思いつき、われわれも実行することを決めた。作戦の開始前には中国側が連携を求めてきたので喜んで受け入れた」「ミャンマー軍と友好関係にある中国が、少数民族の作戦を知りながら事実上、黙認していた」・NHKインタビュー)
#ミャンマー(国連人道状況報告書「空爆やドローン攻撃倍増で人道危機深刻化」)
#ミャンマー(OCHA=国連人道問題調整事務所情勢報告「停戦について話し合う会談が開かれたと伝えられているが、シャン州のいくつかの地域では戦闘はいまも続いている」)
#東南アジア