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【佐藤優の眼光紙背】鳩山内閣の崩壊は誰の利益に適うか?

この状況を利用し、野党・自民党だけでなく、与党・民主党内の不満分子も鳩山政権打倒の動きを加速さている。もっとも民主党内の不満分子の標的は鳩山総理ではない。現下の状況で、鳩山総理と小沢幹事長は一蓮托生なので、鳩山氏を総理の座から引きずりおろすことで、小沢幹事長の影響力を排除しようとしているのだ。

 このような事態に直面して、政治評論家、有識者の多くが鳩山政権批判を強めている。またこれまで積極的に民主党政権を擁護していた人々も、鳩山総理から距離を置こうとしている。筆者は、こういう状況であるから、あえて声を大きくして鳩山総理を擁護することにした。それは、情勢を客観的に見た場合、いま普天間問題を理由に鳩山内閣を崩壊すると、その結果、官僚の力が極端に強まり、日本の民主主義が機能不全に陥ると考えるからだ。

 鳩山氏は、総理になってからもこの公約に固執した。しかし、2月半ばに与件が大きく変化した。沖縄選出の下地幹郎衆議院議員国民新党、沖縄1区)が、普天間飛行場沖縄県内への移設を公然と主張した。それに平野博文内閣官房長官北澤俊美防衛大臣歩調をあわせた。このことのもつ意味がメディアでは過小評価されている。

 今回の総選挙で当選した与党の下地氏が沖縄県内への移設を公言したことにより、「ゲームのルール」が変化した。これまで民主党は「沖縄県の民意は少なくとも県外」という前提で解決策を見いだそうとしていた。下地氏の発言によって、東京の政治エリートは、沖縄県内への移設を強行しても地元を説き伏せることはできるという認識をもった。この機会を逃さずに、外務官僚、防衛官僚が、沖縄県内への移設に向けて総攻勢をかけた。鳩山総理に「官僚の最高責任者としての機能」だけを果たさせようとしているのだ。特に外務官僚は、「アメリカから外圧がかけられている」という雰囲気を醸し出す対政界、対メディア工作を行い、それが効果をあげた。

鳩山総理は、このまま官僚に引き寄せられると、政権が崩壊するか、あるいは官僚の操り人形になるという危機意識を抱いている。しかし、孤立無援に近い状況に追い込まれ、所与の条件下で、社会の代表と官僚の最高責任者の両機能を果たすことができる均衡点を探している。それが外部からは迷走のように見える。

抑止力論をわかりやすく言い換えると、「日米同盟を維持するために沖縄が必要なのだ。それだから、沖縄県民には運が悪かったと思ってあきらめ、日本国全体のために然るべき負担をしろ」ということだ。これは、太平洋戦争末期に「本土防衛のため」という国策で沖縄を「捨て石」にした大本営のエリート参謀たちの論理の反復にすぎない。沖縄は「捨て石」の役割を十二分に果たした。文字通り玉砕した。しかし、日本本土は玉砕せずに、大本営のエリート参謀の大多数は生き残った。大本営のエリート参謀は、所与の条件下、日本本土が生き残るためにもっとも合理的な選択をしたのである。「捨て石」にされた沖縄が、「俺たちのために、あんたたちは犠牲になれ。そいう運命なのだ」という理屈を絶対に受け入れることはない。抑止力という切り口から、沖縄と議論を始めた瞬間に、その交渉が決裂するということを東京の政治エリートは理解できていないのである。残念ながら、この政治エリートの「常識」に鳩山総理も引きずられている。

 沖縄が展開しているのは、反軍・反米闘争ではない。沖縄は、「左翼の島」ではない。

沖縄が怒っているのは、日本の陸地面積のわずか0.6%の沖縄に在日米軍基地の74%が存在するという不平等な状態を東京の政治エリートが是正しようとしない現状に対してだ。沖縄はそこに政治エリートの沖縄に対する意図的もしくは無意識の差別感情があると考えている。

 これまで、普天間問題に国民のほとんどが関心をもっていなかった。辺野古という地名を知っている人もほとんどいなかった。あえて逆説を述べれば、普天間問題がまさに国家規模の問題であることを、国民に認識させたことが鳩山政権の大きな「成果」といっていい。

普天間問題で鳩山内閣が崩壊すれば、次の内閣は、アメリカ・カードを最大限に活用する外務官僚、防衛官僚の移行を反映し、自民党政権時代の日米合意に基づくキャンプ・シュワブ辺野古沿岸もしくは日米合意を微調整した辺野古沖合への普天間飛行場の移設強行を決定する。その結果、移転先とされたキャンプ・シュワブだけでなく、嘉手納基地、キャンプ・ハンセンなどを含む沖縄のすべての米軍基地が住民の敵意に囲まれる。住民の敵意に囲まれた軍隊では、安全保障機能を十分に果たすことができない。

 沖縄と東京の政治エリートの間に、不信のヒビが入っている。ここで信頼関係を構築する努力をしないとならない。そのためには時間をかけた誠実な対話が必要になる。いまここで普天間問題を政局にすると、沖縄は「結局、東京(の政治エリート)は、沖縄を政争の具としてしか考えていない」という根源的な苛立ちと悲しみをもつ。その結果、「結局、自分の身は自分で守るしかない」と沖縄は静かに本土から距離を置く。静かに距離を置くので、鈍感な東京の政治エリートには、それが日本の国家統合に与える悪影響が見えない。しかし、不信、苛立ち、あきらめの蓄積は、そう遠くない将来に、形になってあらわれる。そして、抑止力として、日本もアメリカも沖縄に頼ることができないような状況になることを筆者は恐れる。

 5月末に普天間飛行場の移設先が決まらなくても、天が落ちてくるわけではない。メディアは沖縄カードを政局に使うのはやめるべきだ。そして、与野党の政治家と官僚が一丸となって、沖縄との信頼を回復するために努力することだ。さもないと日本の国家体制の基盤が、内側から腐食する。