〔アングル〕7月輸出への為替の影響限定、円高継続なら景気回復のプロセス遮断
7月の貿易統計では、アジア向け輸出の増勢鈍化を米欧の回復がカバーし、全体として増勢を維持していることが読み取れる。円高の影響が懸念されているが、その影響は現状では限られ、輸出の腰折れには至っていないようだ。ただ、円高が続けば輸出企業の価格競争力に打撃を与えることは間違いなく、予想される政策措置の需要刺激効果のはく落と合わせ、国内景気が踊り場もしくは二番底に陥るのか、懸念はくすぶる。
貿易統計によると、輸出額(原数値)は前年比23.5%増の5兆9828億円と、8カ月連続で増加した。ただ、前年比伸び率が45%に達した2月以降、5カ月連続で増勢が鈍化している。
リーマン・ショック後の世界経済の落ち込みの反動による輸出の急回復が一巡したことが大きい。また、エコノミストの間では政策措置の需要刺激効果が一部の国・地域で切れ始めたこと、主要先進国で個人消費が精彩を欠いていることなども指摘されている。
円高が輸出に与える影響が懸念されているが、輸出数量指数は6月に続き前年比20%台の増加を維持。エコノミストからは「大きく悪化する兆しはみられない」(BNPパリバ証券・エコノミストの加藤あずさ氏)との見方が出ていた。日銀が発表した実質輸出は2カ月ぶりに前月に比べ上昇し、指数水準は2008年9月以来の高水準となった。
輸入は前年比15.7%増となり、7カ月連続で増加したが、資源価格の落ち着きにより2カ月連続で伸びが鈍化している。輸入の伸びが輸出を下回ったことから、貿易黒字は8042億円と前月から拡大した。
(対世界輸出の推移: here )
輸出を地域別にみると、米国向け輸出は前年比25.9%増と6月(同21.1%増)から加速。輸出額は9722億円とリーマン・ショック直後の2008年10月以来の水準に回復した。数量ベースでも前年比27.4%と高い伸びを維持しており、米国の景気減速懸念がマーケットで広がるなか、対米輸出は底堅く推移したもようだ。EU(欧州連合)向けも金額ベースで前年比13.3%増と6月(同9.0%増)から持ち直している。
品目別では、自動車や半導体等電子部品の伸び悩みがみられる一方、一般機械の伸びが加速した。シティグループ証券・エコノミストの村嶋帰一氏は「先進国の家計需要が精彩を欠く一方、企業需要(設備投資)が世界的に底堅く推移していることが背景」と分析。ドイツ証券・シニアエコノミストの安達誠司氏も「一般機械の輸出堅調はインフラ整備需要に裏打ちされている可能性があり、米国の景気減速がより鮮明になった場合でも公共投資拡大などの恩恵を受ける可能性がある」との見方を示した。
一方、アジア向けは前年比23.8%増と、昨年12月以降で最も低い伸びにとどまった。中国向け輸出は前年比22.7%増となり今年2番目の低い伸び。米欧の持ち直しがアジアの鈍化をカバーする形となった。
(各地域向け輸出の推移: here )
アジア・中国向け輸出の回復については「いったんピークを打った可能性がある」(クレディ・スイス証券)との見方が複数出ている。ただ、足元では、ばら積み船運賃の国際市況を示すバルチック海運指数.BADIが約2カ月ぶりの高水準に戻り、「中国向け輸出の回復を示唆している」(商社系シンクタンクのエコノミスト)との指摘もある。BNPパリバの加藤氏は「過熱が懸念された1─3月期に比べればペースダウンしたとはいえ、中国などアジア新興国の内需は現在も堅調であり、同地域向けの輸出は、今後も基調としては拡大が続く」と指摘。ある程度の調整はあっても、後退局面に入ることは想定しにくとの見方が優勢だ。
輸出の腰折れを想定するエコノミストは現状では少数派だが、円高に対する警戒感は強い。ドイツ証券の安達氏は、円高進行による価格競争力の低下で、輸出企業が販売価格を引き下げれば企業マージンの低下圧力を高め、賃金や設備投資など投入コストの削減を強いることになると指摘。今後は、円高の影響が国内での雇用調整圧力の高まりや設備投資の抑制、場合によっては海外への生産拠点移転に波及するリスクに注意する必要があるとした。農林中金総合研究所・主任研究員の南武志氏も、現状程度の円高水準が定着すれば、価格競争力が低下し、輸出増を起点とした国内景気の回復プロセスが遮断されることになると警鐘を鳴らしている。
また、31日に発表される7月の鉱工業生産統計が2カ月連続のマイナスになれば、景気は踊り場ないし二番底懸念が強まりやすいと予想するのは、みずほ証券・マーケットエコノミストの土屋直樹氏だ。同氏は「中国を中心としたアジア向けの輸出が鈍化していることや、エコカー補助金、省エネ家電のエコポイント制度の効果がはく落していることなどから、生産の回復は一巡しつつある」と指摘。リーマンショック以降の急激な落ち込みを背景とする季節調整指数の歪みの影響もあり、7─9月期の伸び率が6四半期ぶりに前期比マイナスに落ち込む可能性も出ているという。