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Hemmi Tatsuo

仕事の合間に、疲れた腕を文字どおり摩りながら『小林秀雄 越知保夫全作品』(慶應義塾大学出版会)を少し読む。ここに描き出される小林秀雄の姿に、やや意外なものを感じ、少年期以来長く忌避してきた批評家の読書に、あらためて戻ってみたい気持ちに誘われた。ゴッホリルケの引用に物を思う。

Amazon.co.jp: 小林秀雄―越知保夫全作品の biasさんのレビュー

すばらしい本。著者は生前、1冊の著作も無かった。
だが亡くなった直後、筑摩書房が『好色と花』と題してエッセイ集を刊行。
本書はそれを大幅に増補したものだが、没後半世紀も経って、
1冊本全集として刊行されたのは、単に追慕した人がいたからではないだろう。
(とはいえ、吉田健一遠藤周作はじめ、著者を高く評価した著名人は多い)


なによりも文章が、とびきりうまいから。
その「うまさ」も、巧緻とか精妙とか練達というのではなく、
真直でありながら野暮ったくなく、毅然としながらも優しみがあるうまさ。

Amazon.co.jp: 小林秀雄―越知保夫全作品の Padovaさんのレビュー

 題名にもなっている通り、越知保夫が書いた小林秀雄論は秀逸です。50年経過した今も、鮮烈な印象を覚えます。
小林秀雄の作品に顕現する聖性とそれを追求する求道性、さらにその道を歩くなかで、彼が経験した神秘を論じ、論理の破たんなく肉迫する手腕には驚かされます。



 越知保夫キリスト教哲学者吉満義彦の弟子であり、中村光夫の「好敵手」、
カトリックの批評家としては遠藤周作(若き日の遠藤周作は批評家でした)の先行者でした。
解説にもあるとおり、間接的関係ではあるものの、須賀敦子井筒俊彦といった人物とも結びつきがあるということも興味深い事実です。



 ガブリエル・マルセルクローデルなどフランス文学に関しても優れた論考を残している彼は、古今集を中心に論じ、存在論的歌論ともいうべき「好色と花」という秀作を書いています。
和歌に発見するのは、美だけではなく、聖性ともいうべき実在へと向かう魂の趨勢だというのです。



 人物論的にも興味深く、小学生の時に洗礼を受けた彼は、無神論と革命を説く左翼運動にプロレタリア作家としてではなく、一活動家として参加、逮捕、投獄されます。 この「転向」を彼は活動家としての挫折ではなく、むしろ、キリスト者としてのつまづきだったと信じていたことです。
 人間は、思想を知ることはできても、究極的な意味では信じることはできない。
信じるべきものではない何かに人間が「信仰」をささげるときの悲劇を、やはり政治的挫折を経験したドストエフスキーと合わせ論じています。



 また、彼のチエホフ論も簡単に類例は見つからない。
この劇作家は現世の現実よりも、異界の姿を描き出しているというのである。
チエホフを宗教から自由な「予言者」だといったのは井筒俊彦ですが、チエホフは現実界ではなく、異界の実相を描いたのだといった批評家はやはり、稀だと思います。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20141109#1415529949
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20140917#1410950322