「事例問題が出題されるのは、事案の中から問題点を発見して法的議論を組み立て、妥当な結論を導く力を見たいからであり、皆さんからみて同じ「論証」が聞かれているように見えても、全く同じ論証を書くだけですむはずがありません。」(宍戸常寿/東京大学教授)
— 司法試験・論文を書くコツbot (@shiken99) 2017年12月28日
「後輩の答案を採点していて思うのは、定義とか規範があやふやな答案が凄く多いということ。判例が示している定義・規範もあまり書けない。逆に言うと、まずはこれをしっかりやるだけで、少しリードできることになると思います」(平成28年合格者)
— 司法試験・論文を書くコツbot (@shiken99) 2017年12月29日
【制度から語る】
— ざく丸 (@zakzakmarumaru) 2017年12月28日
よくよく考えてみたら、論証は制度趣旨から語っていくことが多かった。
それが当たり前だと思ってたから、制度趣旨と説得力の相関については考えもしなかった。
やっぱり法律は大事なこと教えてくれてたんだなあって。#司法試験 #予備試験 #制度から語る
全体像が分からなければ、意味は求められない。
— ざく丸 (@zakzakmarumaru) 2017年12月28日
全体像が分かれば、意味が求められる。
意味を求めないのは、全体像が理解できていないから。もしくは理解しようとしていないから。
意味を求めることができるのは、全体像が理解できているから。もしくは理解しようとしているから。#意味
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20171228#1514457117
#勉強法
1500人も法曹となっていいのかという話ではなく、法曹に対して明確なビジョンを持って受かっている人たちが果たして1500人もいるのかという話。
— ざく丸 (@zakzakmarumaru) 2017年12月28日
なんとなくだとか、人生の安定のために受けたような人間をほいほい受け入れているようでは法曹界は潤うかもしれないが、国家としてみると大変な損失。
法曹界が機能していれば、日本は大丈夫とかそんなことありえない。だからこそ、自分が本当に法曹となるべきなのか、そこに意味があるのかをしっかり考える必要がある。
— ざく丸 (@zakzakmarumaru) 2017年12月28日
司法試験に受かったから、とりあえず法曹になる。そんな人ばかりなようじゃ、この先の日本がやばいと感じる。
法曹という職業も、国家運営というシステムを機能させるための手段でしかない。その認識が、今の受験生には決定的に欠けている。
— ざく丸 (@zakzakmarumaru) 2017年12月28日
ただ受かればいい。個々人の重要性はそんなものでは済まされない。司法試験に受かることなどもはや大前提。その上で、自分がいかなる責任を担うべきか考える必要がある。
もちろん社会に出て何らかの必要性を感じて法曹を目指す人もいる。そういう人たちを否定はしない。むしろそういう人たちこそが法曹になるべきだと感じる。
— ざく丸 (@zakzakmarumaru) 2017年12月28日
問題は何となく法曹を志す若い人間。自分たちがが法曹となるべき決定的な理由が今の日本の状況から本当に導きだせるのかは常に疑問である。
現場の法曹の人たちがその重要性を語ってくれたかというと全くそんなことはなかった。
— ざく丸 (@zakzakmarumaru) 2017年12月28日
現状の日本の状況から考えて、なぜ若い人たちが今法曹となるべきなのか。その必要性を声高に主張する人はほぼ皆無。
だからこそ魅力を感じつつもこの道は違うのではないかと感じてしまう。
答案において法律知識をどのように使うかが大事といっておいて、社会において自分をどのように使うかは考えなくていいのか。
— ざく丸 (@zakzakmarumaru) 2017年12月28日
法律知識をただ頭の中にインプットしても意味がないなら、自分という人間をただ社会の中にインプットしても意味がない。