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 唐突だが、子供と大人とはどこで区別されるか考えてみよう。色々な見方があるだろうが、私は、情理をわきまえることができるかどうかがその分かれ目だ、と思う。子供はしばしば感情のままに動く。また一方、大人顔負けの理屈を言うこともある。しかし、情と理をあわせもつ子供はまずいない。情理を尽くすといえば、感情と理性の両面に訴えかけることで、相手に心から納得してもらうことだ。こういうことができる人を、私たちは大人だなあ、と感じる。そして日本の古典の特徴の一つは、この情理をわきまえることを理想とするところにある、と言えるだろう。こまやかな感情をもっとも大切にしながら、たんなる理屈ではない、生きるための論理として鍛え上げられた文章なのである。張龍妹さんの言う通り、「心」をなにより大事にしているわけである。  

 明治書院の教科書は、そうした情理を尽くした古典の文章を最大限に重視している。それらの文章は、遠い昔から、日本人の心を養い続けてきた。そうして現代の私たちの心の基本にもなっている。古典を学ぶこととは、情理を兼ね備えた文章を理解し、味わうことで、大人への階段を昇ることだといってよいだろう。大人とは、古典がしっかりと理解できる人間だ、とさえいえるのかもしれない。

東京大学教授 渡部泰明)