https://d1021.hatenadiary.com
http://d1021.hatenablog.com

plaza.rakuten.co.jp

 現天皇が即位した際、1990年11月12日にパレードが行われたが、彼女は天皇が乗った自動車の近くで爆竹を破裂させ、道路交通法違反で罰金刑が言い渡されている。その際に罰金の支払いを拒否、東京拘置所20日間の労役に服した。

大きな出来事がある際にしばしば見かける奇妙な偶然のひとつと言えるかもしれない。

d1021.hatenadiary.jp

 旧暦の意味をしったのは、歴史の資料を読み始めてからのことだった。小島毅天皇儒教思想』(二一二頁)がいっているように、日本の歴史意識に残した明治国家の最大の愚行は旧暦を一切追放してしまったことである。たとえば七夕はそのおかげでグレゴリウス暦の七月七日の梅雨真っ最中になってしまった。「銀河のみえない七夕なんて」という状態である。誰もおかしいという人はいないほど明治国家は伝統を破壊したのであるが、これは歴史のためには本当に困る。私のような歴史家の場合も、史料を読むときに頭の中で換算するのだが、もう一つ実感がともなわなくなる。こういう馬鹿なことをやったのは東アジアでは日本だけで、中国・韓国では太陰暦で季節行事は維持している。七夕は旧暦の七夕で梅雨が明けたのちにやるのである。

 明治国家はようするに伝統破壊の「西洋かぶれ」である。それを非市民的な「藩閥国家」がやったというのが悲喜劇。明治国家は自然を破壊するとともに、私たちの内面的自然の中心となる自然観や季節感、時間意識を破壊する地ならしをし、「合理」的にみえる数字で文明開化、陋習排除などといってすべてを押しつぶそうとした。そういう伝統破壊の中で、元号制度の災異改元などの伝統も壊し、一世一元制を導入し、「帝国暦」の下で(王の年齢というスタイルの中で)直線的な時間を作り出そうとした。この一世一元制は暦制・時制の明治国家による全体的改変のなかで評価されねばならず、その中で見ると、元号制においてのみ従来の「形式」を残したものの、その内容はほとんど換骨奪胎され、ここにできたのはホブズボームがいう「近代的な作られた伝統」であったということになる。

そもそも十二進法は、父神が自分の家族構成に合わせて改変したものなのだ。

d1021.hatenadiary.jp
d1021.hatenadiary.jp
d1021.hatenadiary.jp
d1021.hatenadiary.jp

#天皇家

d1021.hatenadiary.jp