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弘忍は深くこの青年行者の悟境に許しました。そして、次の日そっと彼を訪ねると彼は米搗き部屋で石に腰かけて米を搗いておりました。弘忍はその解行の円満に大いに感服して、ついにこの無名の青年行者を一躍、六祖に抜擢しました。これこそ慧能禅師であります。

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私は落ちこぼれの生徒だったが、それなりにがんばって司法試験に合格し、 弁護士になれた。ところが、イソ弁(居候弁護士)をやめて独立したとたん、仕事の依頼はほとんどなくなり、生活に窮してしまった。そのころの私には仕事のツテも実力もなかったから当然の報いだったが、どうにもならないので司法修習生時代の教官に「今からでも裁判官にしてもらえませんでしょうか」と泣きついたこともある。しかしそうこうするうちに、たまたま大阪の水道バルブ会社の和議申し立ての事件を引き受けることになった。

私は債権者と会社の再建策について話し合いを始めたが、なにしろ暇だったので毎日のように会社に出かけていった。そして弁護士なのにボール盤やフライス盤を使って製品作りまで手伝っていた。戦時中、三菱電機の伊丹製作所に学徒動員されたとき、一年半ほど機械工として勤めていたから、そうした機械がひととおり使えたのである。それで会社の従業員が私のことを信頼してくれるようになり、私は和議事件をうまく解決できた。

すると驚いたことに、事件解決後、そのときの債権者たちが私を見込んで別の仕事を依頼してきた。「あんた、なかなかやるやないか」と言われて私は、 あまり頭がよくなくても現場さえ大事にすれば仕事はうまくいくんだなあと、 つくづく思った。この事件で現場主義のコツを学んだおかげで、私はそれなりに売れっ子の弁護士になることができた。

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たいてい飯炊きをした。それで飯炊きのことなら何でも知つている。その飯炊きがなかなか容易にできるものじやない。そんな大飯でなく、一升二升の普通の家の飯でさえうまく炊けるものでない。
 ましていわんやその他のこと、自々物々、世の中のことというのはむずかしい。本を読んでああこんなものか、これはこうか、これはそうしたものじやないと考える。ちようど婦人の人が針をとつて運針から初めて、何でもないように見えるけれども、一枚の着物が縫えるようになるまでには容易なものじやない。それをちよつと学校へ行つて、本だけ習うて試験を通つたら何でもできるように思うて、偉いような顔をして暮らしているが、碌なことができるはずはない。高文を通つた、司法官の試験を通つたとかいうが、本だけ読んで物を知つただけじや、泥棒を裁いたつて、泥棒のことがようわからん。ほんとうの実地を知らんから、この型にはまればこうじやと型だけ使つておる。それじやから碌なことはできない。

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 今日は花々しい発明発見が続々現れてきておりますが、その裏にとても貴いものがどんどん失われております。そして浮かれ浮かれているようで、多くの現代人はノイローゼにとりつかれておるのであります。その貴い喪失とは何か?個人です、自己です、魂です、自己の主体性です、真の自由です。
 おい、主人公おるか! おるよ。
 はっきりせいよ! よしきた。
 また ごまかされるなよ! よし、よし。
 こんな独問答を瑞巌和尚が毎日やっておったそうです。瑞巌は唐末の有名な禅僧で、師彦といいます。この話は無門関に出ております。

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 楠正成が或る時一人の僧と奈良の路を歩いていました。そのうち親しくなってその僧が一体あなたはどなたです、と尋ねた。「楠正成」といいます。すると僧は、楠正成! と呼びました。思わず返事をしましたら、すかさずそれは何かと問い返しました。これにすっかり参ってしまった。正成はそれから真剣に学問を初め、禅に参じたと言われています。

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