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 新型コロナウイルス感染拡大で、両陛下のおでましになる機会は少なくなったが、赤坂御所内では接見や拝謁、ご執務などを行われていた。ほとんど報道されることはないが、コロナに関しては、政府の情報や報道、専門家によるご進講を中心に情報を求められる日々が続いている。

 雅子さまは、ご病気が重かった東宮妃時代には、皇太子さまが切り取った新聞記事に目を通されるだけだったといわれたが、いまでは自らいくつもの新聞を開いて読まれるようになったという。

「陛下とも情報を共有されていらっしゃるそうです。愛子さまからも『またコロナの話をしているの?』といわれるほどで、コロナによる国民生活への影響をとても気にかけていらっしゃいます」(両陛下をよく知る人物)

 ご進講では、両陛下は共にマスクをつけられている。こうした姿は歴代ではもちろん初めてのことだが、お二人とも熱心にメモを取りながら専門家の話を聞かれるスタイルも、また珍しかった。

 実はこれは、皇太子時代からのスタイルで、これまで書き留められてきたメモはノート何百冊にもなったといわれる。テーマごとにパソコンにデータ化して、情報を一括管理なさっているというのも、“令和流”ならではのものだ。

「両陛下はコロナ禍の中で今できることをなさり、やがて状況が落ち着いて公務に出られた時に、コロナ禍で得た情報を繋げたり、役立てたりすることはできないかとお考えになっていらっしゃいます」(宮内庁関係者)

 陛下は、一九八五年、ご結婚前の二十五歳のとき、留学先の英国で皇室の在り方を宮内記者たちに問われて、こう述べられている。

「一番必要なことは、国民と共にある皇室、国民の中に入っていく皇室であることだろうと考えます。そのためにはできるだけ多くの日本国民と話すなど、接する機会を作ることが必要だと思います」

 国民の中に入っていく公務――。そのお考えは、雅子さまとご結婚されてからはより鮮明になった。上皇ご夫妻が作り上げられた“平成流”が「国民のために祈り、共にある皇室」だとすれば、“令和流”はさらに目線を落とされ「国民と対話をなさりながら共感し合う」というスタイルと言えるだろう。

 コロナ禍の四月六日、政府の新型ウイルス感染症対策専門家会議副座長(当時)の尾身茂氏のご進講を予定していたが、翌七日から七都府県に緊急事態宣言が出されることとなったため、陛下から「現場を優先してほしい」と延期が申し伝えられた。極めて異例なことだった。

 尾身氏のご進講は十日に実現したが、その日の両陛下のご様子について尾身氏は、

医療崩壊とはどういうことであるのか、回避するにはどういうことが必要なのかとお尋ねになられ、陛下は何度も『国民が一丸となって乗り越えなくてはならない病気なんですね』とお話しになっていました。治療薬や診断薬にもご関心をお持ちでした。

 皇后陛下も『大変な、皆さまご苦労様です』と医療現場について話されて、SARSのことやヨーロッパでロックダウンもしているが、日本の場合は接触を八割減らすということで、その理由についてもご質問を受けました」

 と宮内記者らに語った。

平成24(2012)年10月、当時の野田佳彦内閣(民主党国民新党)は、皇族数の減少による皇室のご活動の維持困難に備えた対応策をまとめた「皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理」を発表した。

 論点整理にあたっては、国民の中に多様な意見があることを理由に、「皇位継承制度の在り方の問題に影響しないものであること」を前提条件として検討がなされた。その結果、「女性皇族が一般男性と婚姻後も皇族の身分を保持しうることとする制度改正について検討を進めるべきであると考える」とするいわゆる女性宮家創設案のほかに、「女性皇族に皇族の身分を離れた後も引き続き皇室活動の支援に関わっていただけるような仕組みを設けることは可能と考えられ、併せて検討を進めることが必要である」とする内容が併記されたのである。

 この論点整理を元に野田内閣は「女性宮家」創設を推し進める皇室典範改正をめざした(同年末の総選挙で敗れて総辞職したため立ち消え)が、有識者ヒアリングによる論点整理は「両論併記」だったのだ。

 後者の「皇族の身分を離れた後の皇室活動の支援」についてはもう少し詳しい説明が必要だろう。この中では、皇籍離脱後に「内親王」などの用語を称号として保持できるとする規定を皇室典範に設けることについて「皇族という特別な身分をあいまいにする懸念があり、法の下の平等を定めた憲法第14条との関係においても疑義を生じかねない」としつつも、次のように論点をまとめた。

〈婚姻により皇籍離脱をする女性皇族については、皇籍離脱後も国家公務員として公的な立場を保持していただき、皇室活動の支援という観点から、引き続き様々な皇室活動に関わっていただくような方策についても、検討に値するものと考えられる〉

 さらに「公的行為その他の行為を支援するのにふさわしい称号の保持ということについてのみ言えば(中略)新たな称号を、ご沙汰により賜ることは考えられないことではない」とも付け加えた。今回の「皇女」案は、この論点を下地にして生まれた案であり、決して唐突ではない。

 当時の論点整理に先立つ政府のヒアリングに有識者の一人として加わった日本大学名誉教授の百地章氏は、12月21日付の産経新聞の「正論」上で、「元女性皇族に特別の身分を与えようとするものではない。もし特別の身分を与えれば『華族その他の貴族の制度は、これを認めない』とした憲法14条2項に違反する』」と憲法学者の立場で説いている。

 前述の論点整理は、「内親王」という皇族の身分(身位)を使うことを否定しているのであって、天皇の女のお子さまのことを意味する一般名称の「皇女」を否定しているわけではないのだ。

 もっとわかりやすく言うと、皇室典範第5条は「皇后、太皇太后、皇太后親王親王妃内親王、王、王妃及び女王を皇族とする」と皇族の身分(身位)を順に規定しており、「内親王」や「女王(じょうおう)」という身位を、皇籍を離脱した元女性皇族の称号として使うことはあり得ない。

 天皇のお子さまではない内親王眞子さまや佳子さまにも「皇女」という称号を使うのかという疑問が残るかもしれない。これについても百地氏は「皇女以外の内親王や女王には例えば『王女』という称号も考えられよう」と同紙で述べている。

 混同される方がいるかも知れないので敢えて補足しておくと、「女王(じょうおう)」は「内親王」と同様に皇室典範に規定された皇族の身分(身位)だが、「王女(おうじょ)」は「皇女」と同様に身位ではなく、皇籍を離脱した方も該当する一般名称である。なお、称号を付与するのは、前述の論点整理によれば、御沙汰により賜る、つまり天皇陛下がお与えになるということになる。

准皇族的な待遇を一代限りで付与した場合、その次はどうするのか? 先に女性当主が亡くなった場合はどうするのか、当主を引き継ぐのか? その子はどういう身分になるのか? 女性皇族には姓はないが、皇族とならない配偶者や子は結婚前の姓を名乗るのか? その方たちにも敬称を使うのか? 配偶者をいきなり皇族にしたり、皇族に準じた扱いをすることに果たして国民が納得するのか?――。女性宮家創設を口にする人たちは、この疑問にどう答えるのか。女性宮家を軽々に口にすることがいかに無責任なことかがわかるというものだろう。

 問題は他にもある。仮に内親王が当主となる前に男性と交際していた場合、その男性が皇室のメンバーとしてふさわしいかどうかを誰がどうやってチェックするのか。誰もが心配することだ。もっと厳しい問題を指摘する声もある。仮に内親王女性宮家の当主となったとして、そこに外部から伴侶として入ってくる男性が現れるとは限らないのだ。現実にはかなり難しいであろうことが想像できる。女性宮家の当主となっていただくには、前段としてご本人のご意思を確認することが絶対条件である。皇女と同じで強制はできない。宮内庁の幹部がこんなことを言った。

「ご結婚のご意思やお勤めの希望があるのに、宮家の当主として皇室に残るか、皇籍を離脱するかの二者択一という残酷な選択を迫られることもあり得る。それほど重大なことなのに、女性宮家を机上の空論で簡単に考える人が多いのは嘆かわしい」

 平成30(2018)年10月に結婚した高円宮家の三女の守谷絢子(あやこ)さんは、明治神宮での結婚式を終え、「皇族の一員に生まれるということは、天皇、皇后両陛下をお支えすることだと教わりながら育ちました。今日をもって私は皇族を離れますが、元皇族として天皇、皇后両陛下をお支えしていくということに変わりはございません」と記者たちに語った。皇族のご活動を支える方策を考える時には、こんな発言をされた方がいたことも忘れてはならない。内親王だけではなく、高円宮家や三笠宮家の女性皇族方(女王)、あるいは既に皇籍を離れている天皇陛下の妹である黒田清子さんも「皇女」の対象となっていただきたいと思う国民も少なくないかもしれない。

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