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中国企業EUや日本のあらゆるところで、現地企業と同じ条件で投資できるが、その反対は不可だ。そのため、競うように中国に進出していた外国企業は、さまざまな不平等に屈しなければならなかった。

そこで、その状況を少しでも是正しようと、投資条件を平等にするための協定を目指して、EUが中国と交渉を始めたのが2014年。しかし、それから7年。法治国家ではない国との交渉は遅々として進まず、早急な合意など、最近ではもう誰も想像していなかった。

ところが2020年12月30日、EUと中国が相互投資協定に合意した。なぜ突然、今? その答えはメルケル独首相にある。

2020年後半、EU欧州理事会の議長国はドイツだった。EUの各国首長にとって、自分が議長国を務める間に、いかにEU政治に影響を及ぼすことができるかは、腕の見せ所だ。

議長国は半年の輪番制なので、今、27ヵ国に膨らんでしまったEUにおいては、チャンスは14年に一度しか回ってこない。2020年後半、それを手にしていたのがメルケル首相だった。しかも、彼女は2021年で政治から引退すると言っている。つまり、まさに最後のチャンス。

議長国首脳としてメルケル首相の挙げていたテーマの一つが、EUの対中政策」。EUを強化するため、各国でバラバラになってしまったそれを一本に纏めるというのが公式の理由だ。本来ならEUサミットに習近平を特別ゲストとして招待し、華やかに何らかの協定を結ぶはずだったが、これはコロナでお流れ。

しかし今では、バイデン氏が次期大統領になればEUと米国の関係が改善し、おそらく共同の対中政策が敷かれるとの予測もある。それに、コロナ対策で他にすべきことも山積み。つまり、EUが中国と独自の投資協定を結ぶ緊急性は薄れていたのに、突然、ギリギリの駆け込みとなったわけだ。

交渉はメルケル首相、マクロン仏大統領、フォン・デア・ライエン欧州委員長、ミシェル欧州理事会議長(5年の常任)が、習近平とビデオで行ったが、公開されているスクリーンショットサイド・バイ・サイドで全員が映っている)では、皆の表情が異様に固い。話し合われた内容は公開されておらず、協定の草案もまだ未完成だが、表情の固い理由は明白だ。

今後、この協定が守られ、中国市場が外国企業に広く門戸を広げるというシナリオに皆が懐疑的であったこともその一つだろうが、一番の理由は、EUが締結の条件として紐づけようとしていた人権問題が、体よく骨抜きにされていたことだ。

つまり、協定によれば、中国は今後、ウイグル問題の改善、そして、強制労働の撲滅のために努力をすることになっている。しかし、その結果、たとえ何の進展がなくても制裁はなし。紛れもなく、EUの全面的譲歩である。会議に参加していた人たちが、それを歓迎していなかったことは容易に想像できる。これでは、EUは信用を失墜してしまうからだ。

ところが、メルケル首相がそれを強引に押し切った。どうしてもこの協定を結びたかったメルケルに率いられたEUは、揉み手をしながら中国の空手形を受け取ることになったのだ。しかも、この決定には、欧州議会もタッチしていない。欧州議会とは、EUの中で唯一の選挙で選ばれた民主的機関であるが、EUの重要な案件は、たいてい首脳の集まりである欧州理事会で決定されていく。議会は事後承認を求められるだけだろう。

一方、中国側にしてみれば、これは大成功だ。EUとの結束として、米国に見せつけることができる。これから米国とEUが共同で対中政策を敷いたとしても、その効果は限定的になるだろう。アルトマイヤー経済・エネルギー相のコメント、「この協定は、EUとドイツ、そして世界の自由貿易にとって大きな成功である」という言葉が虚しく響いた。

メルケルの中国寄りは以前より有名だ。しかも、これまでドイツの主要メディアは、メルケル批判も中国批判もほとんどせずに来た。ところが、今回に限っては様子が違った。

2020年は中国の暴挙が顕著になった年だ。香港の自由は暴力的に奪われ、台湾もじわじわと追い詰められている。ウイグルで起こっている残忍なことも、ようやく世界に知られてきた。何より、中国の嘘によって疫病が全世界に蔓延した年でもある。そして、それを批判したオーストラリアなどは、あからさまな嫌がらせを受けている。

なのに、よりによってその年に、メルケルが中国に擦り寄った。「なぜ、今?」という疑問が、あちこちのメディアで噴出した。「間違ったタイミングで、間違ったディール」といったような、メルケル批判の見出しが紙面で踊った。メルケル首相は人権よりも商売を取った。いや、もっと正確に言えば、EUの利益よりも中国の利益を取ったと、多くの人が解釈した。

さて、この日の夜8時、第1テレビの総合ニュースでのことだ。そこで何とも奇妙なことが起こった。

私はこのニュース番組を、3時間遅れでオンデマンドで見たのだが、この投資協定の報道の中で、アナウンサーが、「しかし評論家は、中国がこれら(人権擁護についての約束)を守らないことを懸念しています」と言った。

そして、このテーマが終わったところで、初めて見るテロップがポンと出た。「今のニュース内容には誤りがあるので、現在、訂正中です」。

これには流石にびっくり。「誤り」というのは、前述のアナウンサーの一言に違いない。おそらくそのために、どこかから即座にかなり強い圧力が掛かったのだろう。中国大使館から? 独外務省から? それとも、第1テレビの上層部の忖度? いずれにしても、見慣れぬテロップである……。

翌日、確かめたが、ニュースはそのまま、テロップもそのままだった。ところが、2日ほどたってもう一度確認したら、テロップは消え、画面の下の余白に小さく、こう書かれていた。

「この放送は、間違いのために修正されました。報道では、『中国企業がこれからはもうübervorteilen(相手に損をさせて利益を得ること)ができなくなる』と報道しました。これを『中国企業がこれからは特典を得ることができなくなる』に訂正します」

しかし、本当に問題になっていたのは、「評論家は、中国がこれら(人権擁護についての約束)を守らないことを懸念しています」というアナウンスの一言ではなかったかと、私は今でも思っている。だからこそ訂正に数日もかかり、最終的にこの些細な訂正を妥協案とした? ドイツの言論の自由は死に瀕しているのではないか?

日本では、「ドイツもようやくインド太平洋領海の安全のために対中包囲網に加わる」というような報道が盛んだが、実際にドイツが行っている政治は、そんな単純な話ではない。ドイツは片手で対中包囲網に加わりつつ、もう一方の手で、大慌てで中国との友好を強化している。

ひょっとするとメルケルは、これこそが外交だと陰で胸を張っているかもしれないが、それにより、世界中にはっきりと自らの姿を晒してしまっていることに、気づいていないのだろうか。

多くの日本人は、メルケル政治の本質を知らない。難民を大量に入れたのが、彼女の人道の証だと思っている人は、メルケルを完全に誤解している。

また、ドイツが中国から距離を置くこともありえない。ドイツの産業界には、中国という巨大な市場を棒に振るという選択肢は、少なくとも今のところはない。

なお、少し付け加えるなら、中国の脅威を認識し、熱心に対中包囲網に加わろうとしているのはクランプ=カレンバウアー国防相で、中国に向かって喉頭政治を展開しているのがメルケル首相だ。つまり、CDU(キリスト教民主同盟)の内部でも、その意見は割れている。

いずれにせよ、まもなくこの投資協定は正式に調印されるだろう。そして、少なくとも今後は、ドイツが人権問題で偉そうなことを言っても、もう誰も信じようとはしないだろう。

今年の秋、ドイツは総選挙だ。メルケルは、これをもって政界から完全に引退すると言っている。16年間のメルケル政治の後遺症は、彼女が政界を去ってから、皆がはっきりと感じるようになるに違いない。

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