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今月8日に死去したイギリスのエリザベス女王国葬は、19日にロンドンのウェストミンスター寺院で行われ各国の王族や首脳らが参列する見通しです。

松野官房長官は、午前の記者会見で「英国王室の招待を踏まえ、天皇皇后両陛下にご参列を願うことにした」と述べました。

今月17日から20日の日程で現地を訪問される予定で、政府は、16日の閣議で、正式に決定することにしています。

両陛下の外国訪問は、天皇陛下の即位後初めてとなります。

松野官房長官は、両陛下の参列の理由について「英国王室とわが国の皇室とは、かねて親しい関係にあり、ことにエリザベス女王は、70年にわたる在位の間、昭和天皇上皇さま、天皇陛下と3代にわたり、交流をされてきた」と述べました。

そのうえで「令和になってからも、新型コロナの関係で延期になってしまったが、エリザベス女王ご自身より、天皇皇后両陛下の英国訪問の招待をいただいていたことなどを勘案した」と述べました。

一方、エリザベス女王国葬に、岸田総理大臣が参列する予定はないということです。

今月8日に死去したイギリスのエリザベス女王国葬は、19日にロンドンのウェストミンスター寺院で行われ各国の王族や首脳らが参列する見通しです。

松野官房長官は、午前の記者会見で「英国王室の招待を踏まえ、天皇皇后両陛下にご参列を願うことにした」と述べました。

今月17日から20日の日程で現地を訪問される予定で、政府は、16日の閣議で、正式に決定することにしています。

両陛下の外国訪問は、天皇陛下の即位後初めてとなります。

松野官房長官は、両陛下の参列の理由について「英国王室とわが国の皇室とは、かねて親しい関係にあり、ことにエリザベス女王は、70年にわたる在位の間、昭和天皇上皇さま、天皇陛下と3代にわたり、交流をされてきた」と述べました。

そのうえで「令和になってからも、新型コロナの関係で延期になってしまったが、エリザベス女王ご自身より、天皇皇后両陛下の英国訪問の招待をいただいていたことなどを勘案した」と述べました。

一方、エリザベス女王国葬に、岸田総理大臣が参列する予定はないということです。

天皇が外国の王室や国家元首の葬儀に参列するのは皇室の慣例からして異例のことで、宮内庁によりますと平成5年にベルギーのボードワン国王の国葬に当時、天皇皇后だった上皇ご夫妻が参列された時だけで、今回が2度目になります。

エリザベス女王国葬については、今月10日にイギリス政府から招待状が届き、天皇陛下の意向を踏まえて政府と宮内庁の間で検討が進められたということです。

皇室とイギリス王室は、昭和28年に上皇さまがエリザベス女王戴冠式(たいかんしき)に昭和天皇の名代として出席されるなど古くから親密な関係にあります。

天皇陛下も大学院在学中にイギリスのオックスフォード大学に留学し、その後も3回にわたってイギリスを公式訪問し、エリザベス女王と夕食をともにするなど交流を深められてきました。

こうしたこれまでの交流や関係性から、両陛下が参列される方向で検討が進められたということです。

 徳本氏の『エンペラー・ファイル』から1例だけ、シンガポールの首相を務めたリー・クアンユー氏(1923~2015)との会談内容を紹介しよう。振り返っているのは、もちろん真崎氏だ。

《「首相は中国と日本の文明を比較して、朝鮮半島での影響について述べられました。中国文明は閉鎖的だが、日本の文明は外の世界に開放的だ、朝鮮は日本に占領されて良かったというんです。それに対して陛下は完全に無言で何も仰いませんでした。何も聞こえないように振舞い、沈黙を貫かれたんです。こうしたことに陛下はイエス、ノーと答えられません。何を言っても朝鮮半島の人々は嫌がるでしょうから。(満州事変を調査した)あのリットン調査団のレポートでも、植林事業など日本の半島での貢献に触れているでしょう。でも、それを私たちからは公言できないんです」》

 要するにリー・クアンユー氏は、「韓国に謝罪するばかりが能ではありませんよ」とけしかけたのだ。最もデリケートな歴史論争を挑んだが、冷静な昭和天皇は沈黙をもって答えた。外交辞令どころの騒ぎではない。確かに、極めて生々しいやり取りだ。

 どうやら海外の要人は、昭和天皇と会談すると、思わず本音を漏らしてしまうようなのだ。同書で徳本氏は次のように指摘している。

《皇居にやって来る各国の要人は国賓の王族や政府首脳も含まれ、国際政治に大きな発言力を持つ人間ばかりだ。いずれも政府が下にも置かないもてなしで招いた賓客だが、それが天皇の前に出た途端、驚くほど率直に内心の悩みや不満を吐露するのだ》

 まさに《驚くほど率直に内心の悩みや不満を吐露》した一人が、エリザベス女王だったというわけだ。

立憲君主の悩みは、立憲君主にしか分かりません。1975年に来日した際、エリザベス女王は49歳、昭和天皇は74歳でした。女王の父であったジョージ6世は病気のため、50代で崩御。女王は25歳の若さで即位しました。彼女は懸命に公務に励んだでしょうが、相談できる人も少なく、『自分は立憲君主としてどうなのか』と悩みは深かったと思います」(同・徳本氏)

 エリザベス女王昭和天皇に「父」を見たのではないか──そんな想像も決して現実離れはしていないだろう。君主とはどうあるべきか、“大先輩”にアドバイスを求めたのだ。

 徳本氏がテープを聞くと、通訳の真崎は、その時の女王の印象を「冠をいただく頭は安んぜず」と語ったという。これは、イギリスの文豪シェークスピアの「ヘンリー4世」の中の台詞で、「偉大なる者に心安まる時はない」という意味だ。

残念ながら、エリザベス女王の“人生相談”に、昭和天皇が何とアドバイスしたのかは記録が残っていない。

 1975年にエリザベス女王が来日した際、その通訳は外交官の内田宏氏(1918~2014)が務めた。内田氏もやり取りの記録を残しており、その一部を、季刊誌「皇室」に寄稿している。

 記事は、その内容を紹介したものだ。エリザベス女王の発言部分を引用しよう。

《視察を終えて帰京する際、内田氏が「最もご印象の深かったのは」と尋ねると、女王は「陛下(昭和天皇)にお目にかかり、教えを受けたことです」と即答。「女王は孤独なもの」「重大な決定を下すのは自分しかいない」。内田氏にそう打ち明けた女王は「この立場が分かっていただけるのは、ご在位50年の天皇陛下しかおられません」と説明し、「自分が教えを受けられるのはこの方しかない」との気持ちで訪日したことを明かした》

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