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二つの自然の崩壊
JT生命誌研究館館長 中村 桂子
 今年の年賀状の添え書きは、地球環境問題と人心の荒廃に関するものが多かった。二十一世紀初頭、先行き不透明と言われたが、今や具体的に地球環境と人間の心という形で暗さが見えてきたということだろう。実はこの二つはそれぞれ「外の自然」と「内の自然」の崩壊なのであり、生命の危機という共通の側面を持っている。しかも、危機をもたらしている原因は、過度に利便性と金銭にこだわり、欲望を満たすことを幸せと位置づけた価値観であり、現代科学技術文明と金融市場原理を絶対とする資本主義がこれを支えている。
 科学技術も資本主義経済も悪くない。前述の価値観の下でそれらを用い、それを絶対と考えることが生命の危機につながるのだ。環境問題に関しては、「持続可能な開発」へ向けての技術開発、人心については教育制度の変更などの提案がなされているが、価値観の見直しなしでは根本的解決にはならない。
 価値の見直しというと大げさだが、“自然を生かして暮らす”という単純な選択をすればよいのである。現代生物学は、地球上の生きものは祖先を一つにすること、三十八億年という長い間生き続け多様化してきたこと、人間もその仲間であることを明らかにした。人類の存続を考えるなら、生きものの一員としていかに生きるかを考えねばならないことを示したのである。
 多様化した生きものは、それぞれの生き方をしており、ヒト(生物種としての人間)もその特徴を思う存分生かすことによって存続する方法を探ることが求められる。科学技術も経済も教育も、その方向で考えればよいのである。それには人々が「自分は生きものであり、自然の一部である」という実感をもつことである。それは「わきまえて生きる」という生き方につながり、“地球上のすべての人が、生きる喜びを感じながら暮らす生活を可能にしよう”とする行動が始まるはずだ。
 それは利便性、欲望、金銭とは異なるところに価値を置く社会である。日本文化の基点は“自然を畏(おそ)れ、自然と共に暮らす”ところにあるので、これは日本の原点を見直すことになるだけでなく、日本文化のよさを世界へ発信することにつながる。

日経新聞朝刊)
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