黒田総裁に面従腹背も、日銀政策委に残る白川氏への共感 - Bloomberg
日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会。昨年3月の黒田東彦総裁の就任を境に金融政策運営は大きく変わったが、政策委員の大半は白川方明前総裁の持論に対して、今でも強い共感を抱いていることが関係者への取材で明らかになった。
黒田総裁は先月23日の講演で「仮に潜在成長率が上昇しないからといって、金融政策運営上、物価安定の目標の達成が困難になるということはない」と述べた。
関係者によると、こうした考え方は必ずしも政策委員会のコンセンサスではなく、政策委員の大半は潜在成長率が現状のまま低水準にとどまれば、物価目標である2%の達成は早まることがあっても、それを安定的に持続することは不可能、ないし極めて困難だと考えている。
白川前総裁は2012年11月12日の講演で、「物価が上昇する状態を創り出していくには、第1段階の強力な金融緩和の推進と、第2段階の主役である成長力強化の努力がともに必要不可欠だ」と指摘。「われわれが現状を放置し、成長力強化の努力をしなかった場合には、日本経済は今後厳しい状態になる」と語った。
公式には黒田総裁に異を唱える政策委員は少数派にとどまっているが、関係者によると、委員の大半は前総裁のこうした考え方に賛同しているという。政策委員会の中に存在する見解の相違は、異次元緩和により2年で2%の実現を目指す黒田日銀にとって、追加緩和の是非や量的・質的金融緩和の出口をめぐり、亀裂を生む可能性もある。
JPモルガン証券の菅野雅明チーフエコノミストは「2年足らずの期間で黒田総裁が各委員の根本的な考え方を変えられるわけがない」と指摘。「日銀が物価安定を目指す中、追加緩和や出口戦略の議論が必要になった時に審議員の間で相違がみられる可能性が高い」という。
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「量的・質的緩和によって物価は上がり、名目賃金も上がるかもしれないが、実質賃金は上がらない。こうした姿は多くの人が思い描いたデフレ脱却ではないはずだ。それが本当に日銀が目指している経済なのか、このまま極端な金融政策を続けるべきなのか、いずれ自問する委員が出てくるだろう」という。
昨年3月に就任した黒田総裁は、同年4月4日、初めての金融政策決定会合で、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現すると表明。長期国債の大量買い入れを柱とする量的・質的金融緩和を打ち出した。
その後、消費者物価は大方の予想を裏切り、順調にプラス幅を拡大しており、黒田総裁は量的・質的緩和が所期の効果を発揮していると繰り返し表明。日銀の過去の政策については、3月20日の講演で「デフレが定着するのを防ぐという観点からは十分ではなかった」と述べるなど、繰り返し前体制批判を行っている。
前体制との違いを際立たせることで、2%の物価目標の早期実現に向けて、人々のインフレ期待に働き掛けようとする黒田総裁だが、金融政策を多数決で決定する政策委員9人のうち、審議委員6人は白川時代と顔ぶれは変わっていない。中曽宏副総裁も白川前総裁の下、日銀で初めて理事に再任されるなど、前総裁の側近の1人だった。
審議委員6人の中では、木内登英委員が物価目標の達成期限である「2年程度」に反対。佐藤健裕委員も2%の早期達成見通しに異を唱えているほか、白井さゆり委員も5月29日の会見で、「何が何でも2年で2%を達成するというものではない」と語るなど、黒田体制とは一定の距離を取っている。
関係者によると、潜在成長率をめぐる議論では他にも黒田総裁の考えに違和感を持つ委員がおり、政策委員会は一枚岩ではない。
潜在成長率が低水準にとどまった場合、人手不足や設備不足により需要が供給の天井に突き当たり、物価が2%に達するタイミングはむしろ早まる可能性があるが、かえって物価上昇が行き過ぎたり、成長期待の低下により結局は需要が減退したりして、2%の物価目標を安定的に持続することは難しくなるとみる政策委員が大勢を占めている。
潜在成長率は今後10年、20年という期間の平均的な成長率を規定する、いわばその国の経済の実力。就業者数の伸びと就業者1人当たりの実質GDP伸び率、つまり付加価値生産性の伸びに分解できる。政府は今後10年で平均2%の実質成長を目指しており、6月に潜在成長率引き上げに向けて、成長戦略第2弾である日本再興戦略を閣議決定した。
そうした中、日銀が4月末に公表した経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、実質国内総生産(GDP)成長率を下方修正したにもかかわらず、高めの消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)前年比上昇率の見通しを維持したことで、日本の潜在成長率は大きく低下しているのではないかという議論が沸き起こった。
前日銀理事の早川英男富士通総研エグゼクティブ・フェローは5月2日のインタビューで、「成長見通しを大幅に下げて物価は上がるとすると、それは普通に考えれば潜在成長率が下がったと考えるべきだ」と指摘。日銀が潜在成長率は0%台半ばとしていることについて、「少なくとも日銀が計っているやり方では0%近傍だ」と述べた。
この後、日銀幹部の情報発信は大きく変化した。黒田総裁は同月15日の講演の最後で潜在成長率に触れ、「すう勢的な人口減少と高齢化の下で、近い将来、労働供給がさまざまな形で問題になり得ることは疑いがない。だとすれば、具体的な『人手不足』という現象を推進力にして、成長力の問題を広く議論し解決を模索していくべきだ」と語った。
その上で、「これが『デフレからの脱却』と『日本経済の復活』をつなぐ、最後の、そして、最も重要なピースになる」と述べた。黒田総裁が講演で成長力強化についてここまで踏み込んだのは、就任後初めてだ。同月22日の総裁会見でも、質疑応答の3分の1近くがこの問題に関するやり取りだった。
マネーさえ供給すれば物価は上がると主張するリフレ派の代表格である岩田規久男副総裁も、同月26日の講演で潜在成長率に言及。「仮に成長戦略に基づく政府の施策や民間の取り組みが停滞し、潜在成長力の強化が進まなければ、物価安定目標の達成はマイルドなインフレ下における低実質成長をもたらす可能性がある」と語った。
日銀と政府は白川時代の13年1月、共同声明を公表。日銀は2%の物価目標を定め「できるだけ早期に実現することを目指す」一方、政府は「日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを具体化し、これを強力に推進する」と約束した。物価2%実現は日銀の責任であり、財政再建と成長戦略は政府に責任があるという書きぶりになっている。
BNPパリバ証券の河野氏は「物価が2%に達したとしても、仮に潜在成長率が上がらず、実質ゼロ成長が続いた場合の国民経済への影響について、黒田総裁はもっと丁寧に説明しなければならないだろう」と語る。
元日銀審議委員の須田美矢子キヤノングローバル戦略研究所特別顧問は3日、都内で開かれた討論会で、現在の政策委員会の在り方に対して注文を付けた。
須田氏は今の日銀では「黒田総裁がどうしてもクローズアップされ過ぎていて、政策委員会で決めているという姿が見えない。もっと政策委員会で決めているということを示していくことが、量的・質的緩和の出口では非常に大事だ」と指摘。黒田総裁以外の8人に対して、「個々の政策委員に信認が生まれるような努力をしてほしい」と述べた。
一方、日銀法改正論者の山本幸三衆院議員は「物価目標2%の達成は全て日銀の責任だ。金融政策で十分達成できる」と述べた。そのことが「分かっていない委員もいるかもしれないが、そういう人もいるから、日銀法改正は黒田・岩田体制の任期5年が終わる前にきちんとやらなければいけない」としている。
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