なぜ「ヒト→モノ→カネ」の順なのか? ファイナンス的な物事の考え方|あれか、これか ― 「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門|ダイヤモンド・オンライン
以前の連載でも語ったとおり、ファイナンスは現金を最も価値の低い資産に分類する。なぜなら、現金それ自体は、1円もキャッシュフローをもたらさないからだ。ファイナンスにおける価値はどこまでも「キャッシュフローを生む力があるかどうか」だ。
たとえばここで、3000万円の宝くじが当たった人が、2000万円のマンションを購入し、月10万円の家賃で他人に貸し出したとしよう。これによって、バランスシートは下の図のように変化する。
キャッシュフローを生み出す力のなかった現金3000万円が、依然としてお金を生まない1000万円の現金と、年間120万円のキャッシュフローを生む2000万円のマンションに姿を変えるわけだ。
モノの価値はそれを手に入れるのにかかったコストだけでは決まらない。これは企業価値についてもまったく同じである。キャッシュフロー・アプローチで考えると、企業などのバランスシートも違った見え方をしてくる。
会社の価値もキャッシュフローを生む力で決まる。そのファイナンス的価値の総額から資産の清算価値を差し引いて残るのが、目に見えない価値、つまり無形資産だった。
ここで、ある企業I社が新工場を建設した場合を考えてみる。用地取得費用、建設費用、設備費用として総額10億円のコストがかかったが、その工場は20年にわたり稼働し、毎年3億円の利益を稼いだとしよう。
かけたコストよりも将来のキャッシュフローの総額が大きいとき、「この工場には超過収益力がある」という言い方をする。そしてこの超過収益力の源泉は、無形資産のほうにあると考えられる。
さらにもう1つ、バランスシートの面白い側面が見えてくる。実は会計におけるバランスシートは「現金に変えやすい順で上から記載していく」というルールがある。この「現金への変えやすさ」のことを流動性という。
左側の「資産の部」は大きく流動資産と固定資産に分かれている。流動資産とは1年以内に回収される資産のことだ。そのうちでもいちばん上に来るのが「現金および預金」である。これは現金に変えやすいというよりも、現金そのものだ。次に来る「受取手形および営業未収入金」は、取引はすでに終えているが、まだ入金が済んでいない資産である。これもかなりお金に近い。他方、固定資産に入っているのは建物や土地、工場設備といった、容易にお金に変えられない資産である。
お金に近いものを優先的にバランスシートに記載していくルールになっていることからも見てとれるとおり、会計はやはり何よりも現金(キャッシュ)を重視する。実際、流動資産と流動負債の関係を表す流動比率は、経営の安全性・安定性を見るうえでの重要な目安だとされている。
他方で、ファイナンスにおけるキャッシュフロー・アプローチはこれと真逆の考え方をする。流動性の低い資産(お金に変えづらい資産)ほど、キャッシュフローを生む力があるからだ。そして、通常のバランスシートには記載されない無形資産が、最も高い収益性を持っているケースも少なくない。
一般に、ビジネスの成否を決めるファクターとして「ヒト・モノ・カネ」などと言われるのを聞いたことがあるはずだ。
この3つがこの順序なのは、おそらく語呂のよさなどの偶然的要因によるところが大きい。しかしこの三者は、ファイナンス的にはこの順序でしかあり得ない。
最も収益性の高い無形資産であるヒト、一定のキャッシュフローを生み出すモノ、まったく現金を生まないカネ……。つまり、ファイナンス的な価値の序列に従っているのだ。