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「好き」か「カネ」か、人生の基準は?【特別対談】楠木建 × 野口真人(第1/3回)|あれか、これか ― 「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門|ダイヤモンド・オンライン

【楠木】ファイナンスというと、一般的には「財テク」のイメージがあるんです。「どうやってお金を儲けるのか」とか「カネ勘定」とか、数字をこね回してどう増やすかというイメージがある。しかしこれは、実際にはファイナンスではなく会計の話ですね。
ファイナンスというのは「お金をどうやって使うのか」という話で、「現金で持っているのがいちばんの価値だ」という会計の考え方とは逆のものとして考えるとわかりやすい。ファイナンスでは「ヒト・モノ・カネ」というように人が最初にくるのに、会計では「カネ・モノ・ヒト」という順番になり、現預金が最初にくる。ファイナンスと会計は、まさに逆の関係なんですよね。

【編集担当】「ファイナンスと会計は裏表の関係」というシンプルな説明が、野口さんの中に生まれたのには、どんな経緯があるんでしょうか?


【野口】起業するちょっと前、2003〜2004年くらいに、会計の業界全体がちょっとざわついていました。「海の向こうからもうすぐIFRS(国際会計基準)が入ってくるかも」と騒がれていた時期です。
それまでの会計の世界では、たとえばストック・オプション(あらかじめ決められた価格で自社株を買う権利)のようなデリバティブ(ある原資産の相場を指標にして将来の損益を交換する取引)の評価方法がはっきりしていませんでした。ですから、「デリバティブについては、会計上の評価はしないことにしましょう」とされていた。しかしIFRSのルールでは、デリバティブも評価し、費用計上しなければいけなくなる。今までのルールが変わってしまうわけですよね。「これは大変だ」と会計士たちがパニックだったんです。


【楠木】それはよくわかります。会計の人たちにとっては専門外ですからね。


【野口】このパニックに違和感を持ちました。先ほど楠木先生がおっしゃったように、一般の人からすれば、ファイナンスも会計も似たようなものだろうと見る。でも専門家は、ファイナンスと会計はまったく別々のものとして、壁をつくるんですよね。会計の専門家は会計の世界だけを見る。だからパニックになるんです。
デリバティブの評価って、じつはこの本を読めば理解できる程度の、けっこう基礎的な知識で十分なんですが、それがわかる会計士は当時、ほとんどゼロと言っていいくらいだったんです。
それで、僕がゴールドマン・サックスなんかでこの手の商品を扱っていたからだと思いますが、会計士たちがなぜか僕のところに相談に来たんです。そのとき、「これは飯の種になるな」と思いました。
ファイナンスの世界に限って言えば、僕よりも式を知っていたり、複雑なモデルを組めたりする人がたくさんいる。でも、ファイナンスと会計の壁を壊して「バイリンガル」としてつなげられる人はそういない。僕はそれになろうと思いました。

【楠木】そう。「今いくら持ってるの?」とか「いくら増えたの?」とか、多くの人がそういうことに関心がありますよね。だから多くの人が会計的な行動をとる。でも、その「会計的な行動」って、時と場合によってはすごく非合理になることがある。だからファイナンスという視点を取り入れると、現金が持つ魔力から離れることができて、行動の選択の基準が磨かれるんですよね。『あれか、これか』が類書と比べて優れているのは、初めに「そもそも会計というのは何なのか」を示したうえで、それとの対比でファイナンスを説明している点だと思います。

【楠木】ファイナンスをわかりやすく説明しようとする本は多くありますけど、どれもファイナンス理論の基本的な用語や概要の説明から入って、それをひたすらかみ砕いていこうとするものばかりなんです。でも、それだとかえって難しくなってしまう。ファイナンスを理解するために会計と関連づける「補助線」を引くというアプローチ。素晴らしいです。

どんな金持ちも、自分自身を選ばねば無である。
どんな貧乏人も、自分自身を選ぶなら全である。
誰にとっても肝心なのは、
「あれ」でも「これ」でもなく、
「自分自身」であることなのだから。
(セーレン=オービュエ・キルケゴール『あれか、これか――ある人生の断片』)

選択っていうのは価値判断ですよね。そして価値判断をするためには、自分の価値基準がないといけない。ファイナンスの強みはとにかく「価値基準」を明確に与えてくれるということにある。すなわち、「すべてはカネに換算できる」という前提です。つまりファイナンスにプライスレスはない。「プライスレスレス」なんですよ。

【楠木】プライスレスレスにすることによって価値が定められる。だから判断や選択ができる。ものの考え方に広がりが出てくる。理論もどんどん進化する。
ただ、一方で矛盾もあって、僕にとってはそこがいちばん面白い。ファイナンスでは、現金が最も価値の低い資産になるわけですよね。それなのに、カネにすべてを換算して考えるファイナンスそれ自体が、「カネほど価値がないものはない」と言っている。


【野口】そう、ここに変な矛盾があるんです。


【楠木】根本的矛盾ですよね。この矛盾をどういうふうに考えるのかというのは、もはや一人ひとりの哲学の問題になる。「じゃあ結局、自分の価値基準って何なんだろう?」と。もちろん、カネに換算したほうがわかりやすいし、そのほうが都合のいいことも多い。だけどやっぱり人間ですから、プライスレスなものだって持っているわけですよね。
単純な「価格」と「価格」の比較だと意味がない。だから「価格」を「価値」に変換する。でも結局、最後は「価値は価格である」というところに戻るんです。これがファイナンスの「底の浅さの奥深さ」です。

【楠木】あと、ファイナンスの考え方には、やたらと「時間」が入っています。「将来のキャッシュフロー」というような言葉がありますけど、将来といっても、人間はいつか死ぬわけでしょう。そうすると、時間軸を長く持って考えても、最終的には死ぬから意味がない、と言えないこともない。こうして突き詰めて考えていくと、ファイナンスは人間としての根本的な矛盾にぶち当たる。でも、そこまで見せてくれるっていうのが素晴らしい学問だなと思うんですよね。
僕が『あれか、これか』を読んで感じたのは、ファイナンス理論の説明のわかりやすさもさることながら、それを超えた、人間としての哲学的な部分ですね。


【編集担当】本書の企画段階で、最初に野口さんのお話を聞いたとき、私も楠木先生と同じようなことを感じていたんです。ファイナンスって、価値をめぐる哲学的な議論に触れ合っている学問だなと。
だから、当初から野口さんとは「単なるお金儲けの本にするのはやめましょう」と相談していました。もう少し深く、「価値の本質」を考えるきっかけになるような本ができるといいなと思っていたんです。ですから、楠木先生にそういう読み方をしていただけたのは、この本を編集した人間としても、本当にうれしいです。


【楠木】面白いですよね。「プライスレスなものはない」っていう考え方に一度、強く振るから、かえって本質が見える。もちろんすべてが「プライスレスレス」であるはずがなく、中には本当にプライスレスなものもあるんだけど、それも一度「プライスレスレス」という考え方に思いっきり振ってみるから見えてくるものだったりして。
僕の『好きなようにしてください』という本も、ある意味では価値の判断基準がテーマなわけですが、ここでは、「ありとあらゆるものは全部プライスレスだ」というスタンスをとっているんです。ファイナンスの考え方とは真逆ですよね。「プライスに変換したほうが判断しやすいんじゃないですか」という問題も、全部「プライスレスだから」と言い切っている。ですから、僕の本と野口さんの本って、裏表の関係にあるんですよ(笑)。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160613#1465814380
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150924#1443090858(野村修也 > 架橋)
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20140729#1406630495
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20140528#1401274120(One lesson from my experience: find a useful connection between two skills that not everyone else has.)