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庶民の顔を立てる「天才」だった田中角栄 岩田温(政治学者) - ZAKZAK

 田中角栄といえば、金権政治の象徴のような人物で、私はほとんど興味を持てなかった。積極的に田中角栄から学ぼうという気持ちになれなかったからだ。そんな私が田中角栄に興味を持ったのは、ある先輩との出会いからだ。


 大学生だったか大学院生の頃だったか、判然としないのだが、今から10年ほど前に、静岡県のある勉強会に講師として招かれた。その講演会で司会を務めていたのが早稲田大学のOBの中小企業の社長だった。講演会では「岩田先生」と持ち上げてくれたが、二次会では「岩田君」と呼ばれ、色々とお話を伺った。


 「中小企業がこの国を支えてるんだ。大企業なんて入れるのは本当にごく少数。中小企業が元気にならなければ、日本は元気にならない」


 中小企業の社長の悲哀について語ることが多かったが、その夜、私に厳しい指摘をしてくれたことが心に残ってる。


 「岩田君の話は、ほとんど賛成だけど、難しすぎる。憲法大東亜戦争保守主義も、普通の人には難しいんだ。『普通の人』っていったときに、岩田君は自分の友達を想定するだろう。それがインテリの悪い癖なんだ。中小企業で働いてるおじさん、パートに出てるおばさんが、普通の人なんだ。大学なんかいってないし、本なんて読まない。新聞も社説を読むのは難しい。それが普通の人なんだ。こういう人たちがほとんどなんだ」


 確かに指摘された通りなのだが、それでは学問は成り立たないではないか、と反論すると、先輩は問いかけてきた。


 「田中角栄、どう思う?」


 私は、正直に、そんなに興味がないと答えると先輩はつづけた。


 「そうだろう。だから、まだ未熟なんだ。多くの国民が角さん、角さんと慕う理由を考えたことあるか。まずは、田中角栄について勉強しろ」


 先輩の話も一理あると納得する部分もあったし、そこまでいうなら、次回は田中角栄論でも戦わせてやろうと考えて、その日以来、田中角栄に関する本を本格的に読み始めた。多くの角栄論があったが、一番興味深かったのは、やはり早坂茂三角栄論だった。もちろん、側近であった早坂が書くのだから、美化している部分も多いだろうし、負の側面については触れていないものも多いだろう。


 だが、私は田中角栄を断罪しようと本を読み始めたのではなく、何故、多くの国民が田中角栄が好きだったのかを考察しようとしていたので、俗にいう「金権政治」の部分に関してはそれほど神経質にならずに読み進めた。多くの国民が、田中角栄のことを愛したのは、庶民の心、弱者の心を読み解く天才だったからに他ならない。思想やイデオロギーではなく、庶民の「生活」を重視し、一人一人の顔を立てる天才だった。


 早坂の著作から、幾つかの象徴的な逸話を引用しておこう。まずは、選挙の際に、全国の候補者に現金を配るときの心構えについての指導だ。


「この金は、心して渡せ。ほら、くれてやる。ポン。なんていう気持ちが、お前に露かけらほどもあれば、相手もすぐわかる。それでは百万円の金を渡しても、一銭の値打ちもない。届けるお前が土下座しろ」(『駕籠に乗る人担ぐ人』詳伝社、70頁)


 「届けるお前が土下座しろ」


 常識では考えられない指導だが、確かに、政治家はプライドが高い。そうしたプライドの高い政治家に高飛車な態度で金を配れば、面従腹背というような事態になることも予想されよう。


 一見突拍子もないような指導だが、田中角栄の指導は恐ろしいまでに具体的だ。角栄に対する報告の仕方についても早坂に指導している。


角栄は私に対してオレに言うことがあれば、初めに結論を言えと命じた。そして、理由は三つに限定しろ。それは口で言うな。口で言っても、ほかに仕事が多いから忘れる。メモしろ。便箋用紙一枚に大きめの字で書け。」(『捨てる神に拾う神』詳伝社 57頁)


 また、初めて新潟三区の選挙応援に入る際には、次のような指導をしたという。


「ウソをつくな。すぐばれる。気が利いたことを言おうとするな。後が続かない。若い君が本当に思っていることを話せ。自分の言葉で喋りなさい。借りものは駄目だ。大声を出し、汗まみれでやれ。お百姓衆を侮って手抜きをするな。火の玉になることだ。それで他人様が燃えてくれる。小理屈で人間は動かない」(『鈍牛にも角がある』光文社、145頁) 


 「小理屈で人間は動かない」。人間を動かすのは理性ではなく、情熱であり、飾らない姿勢だということだろう。


 つくづく思うのは、田中角栄という人物は「世知」に長けた人物であったということだ。全てが計算されているが、その計算は、「普通の人」を大切にしようとする温かさから生まれた計算で、決して冷たい計算ではない。愛情と知性というものが、必ずしも相反する存在ではないということを証明したのが田中角栄の人心掌握術というものだろう。


 日本人、若い人々に対する愛情を感じさせる逸話も紹介しておこう。


 ある日、フランスの高級紙『ル・モンド』の極東総局長ロベール・ギランが、角栄と会っている際、自民党の党本部前を「アンポ、反対」の叫び声をあげながら、デモ行進する若者たちがいた。ロベール・ギランが、角栄に、その若者たちの評価を問うた際、角栄は次のように答えたという。


「彼らは日本の大事な息子たちです。いま、ハシカにかかっているが、間もなく直る。学窓を出て、社会人になり、世帯を持って、子どもができ、父親になれば、世の中が理想や理屈どおりにいかない、それがわかってくる。大学でろくに勉強もせず、マージャンだこを作り、女の子の尻を追いかけ、外車の名前ばかり覚えてくる者に比べて、連中のほうが、はるかにみこみがあります。バカとハサミは使いようである。使うほうさえ、しっかりしていれば、将来、あの学生たちは世の中の役に立つ」(『駕籠に乗る人 担ぐ人』138−139頁)


 愛情をもって一人ひとりに気を配りながら、「普通の人」の「生活」を第一にという政策を掲げたのが田中角栄だった。彼は決して日本の将来に悲観せず、若者に期待し続けた。


 イデオロギーに拘泥されず、融通無碍。魅力的な人物であったのは間違いないだろう。私も先輩の強い指導で田中角栄について学び、大きく成長できたと感謝している。田中角栄を学んだことで、政治とは何か、という問題について、より考察を深めることができた。思想やイデオロギーではなく、「生活」を重視する姿勢を学んだことは大きかった。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160617#1466160536
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160616#1466073506

#お子ちゃま右翼