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トランプの経済政策で懸念される円安と金利上昇|野口悠紀雄 新しい経済成長の経路を探る|ダイヤモンド・オンライン

 トランプ氏の経済政策はつぎのようなものだ。


(1)法人税率を現在の35%から15%に引き下げる。
アメリカ連邦法人税収は2013年度で約2800億ドルであり、15年のアメリカのGDPは約18兆ドルなので、減税額はGDPの1%程度になると考えられる。


(2)アメリカ企業(とくにIT企業)の海外留保利益を、アメリカ国内に還流させる。国内に持ち込む際にかかる税金(repatriation tax)を10%にする。ただし、一定期間(タックスホリデー)に限る(なお、アメリカの企業は、約2兆ドルの資産を海外に保有していると言われる。これは、アメリカでもヨーロッパでも問題とされている。EUは、16年8月末に、Appleに対して145億ドルの追加納税を命じた)。


(3)個人所得税最高税率を39.6%から25%に引き下げる。


(4)以上を合わせると、減税額は、10年間で6兆1503億ドルとされる。


(5)10年間に1兆ドル規模のインフラ投資を行なう。


(6)減税とインフラ投資で、当初は10年間で10兆ドルの歳入不足が発生すると懸念されていた。しかし、個人所得税の減税幅を縮小することなどにより、不足幅は4兆〜5兆ドルに留まると見られている。これは、年率で、GDPの2.2〜2.8%程度だ。12年度の財政赤字の対GDP比は4%程度なので、これがかなり膨らむこととなる。


 このため、長期金利が8%台に跳ね上がるとの予測もなされている。

レーガン政権は、1981年に5年で7500億ドル規模の大型減税を行なった。これによって、財政赤字のGDP比が2.5%から2年間で5.9%に拡大し、長期金利も10%台に上昇した。この結果、ドル高が加速し、それが85年の「プラザ合意」につながった。


 トランプ氏のマクロ経済政策は、このときとほぼ同規模の財政赤字拡大効果を持つと考えることができる。


 以上のような予測があるために、アメリカの金利は急上昇した。図表1に示すように、10年国債の利回りは、8月には1.6%程度の水準だったが、11月中旬には2.35%を超える水準にまで上昇している。そして、ドルが増価している。

 後で述べるように、傾向的な円安が続くかどうかはまだはっきりしないが、仮にそうなると、日本経済にかなりの影響を与える。


 第1の影響は、企業の利益が回復し、株価が上がることだ。株価の上昇はすでに生じている。


 これによって、2013年頃の状況が再現されるだろう。すなわち、日本経済は一見してよくなったように見えるだろう。しかし、実体には何の影響もないだろう。


 第2の影響は、消費者物価に対するものだ。円安によって輸入物価が上昇し、それが時間遅れを伴って消費者物価に影響する。来年の中頃から、対前年上昇率が1%程度になる可能性がある(ただし、原油価格が下がれば、これは打ち消される)。


 消費者物価が上昇すると、このところプラスになっていた実質賃金上昇率が再びマイナスになる危険がある。そうなれば、実質消費は増えない。したがって、実質経済成長率も目立って上昇しないだろう。


 これは、この数年、日本経済が辿ってきた道の繰り返しだ。


 しかも、この1年程度の状況からの転換が、日本の経済政策によって生じたのではなく、アメリカの大統領が変わることで起こっている。まさに他力本願以外の何物でもない。


 日本は自国の経済を自国の経済政策でコントロールすることができなくなったのだ。このように不安定な状況が続くことそれ自体が問題である


 しかも、企業収益が回復したり株価が上昇すれば、構造改革の必要性に対する認識は低下するだろう。長期的な観点からすれば、きわめて問題だ。

 図表2に見るように、10年国債の利回りは、大統領選挙前にはマイナスだったが、選挙後プラスとなり、最近では0.03%程度となっている。アメリカの場合に比べれば上昇幅は小さいが、マイナスがプラスに転じたことの意味は大きい。


日本銀行は、11月17日、固定利回りで国債を無制限に買い入れる「指し値オペ」を金融機関に初めて通知した。しかし、結果は応札も落札もゼロだった。日銀が提示した買い入れ価格が市場の実勢より低く、市場で売ったほうが有利だったためだ。


長期金利のコントロールの可能性を、早くも試されていることになる。マーケットの動きに対抗するのは難しい。金利を抑えるには国債購入量を増やす必要があるが、マイナス金利が障害になるだろう。


金利上昇は、日本経済にとってきわめて恐ろしい事態だ。財政状況がギリシャ並みに悪く、イタリアよりははるかに悪いからである。これまで日本は、ガラスの上を歩んできた。この状態が攪乱されると、さまざまの深刻な問題が発生してしまう。


会計検査院は、11月7日に内閣に提出した検査報告で、国債の利回りが極端に低下していることから、日銀は財務の健全性の確保に努めることが重要であるとの指摘を行なった。


 日銀で巨額の損失が発生すれば、債務超過に陥ってしまう。アメリカの金利上昇のテンポが急であるため、これはありえないことではない。

シカゴ取引所の円先物取引のポジションを見ると、図表3に示すとおりだ。8月から9月にかけてはショートのほうが多かったが、10月になってからロングのほうが多くなり、大統領選後はロングが急激に増えた。

 このことを考えると、図表3に示した状況は、最低限、今後円安が進むことが市場の多数意見ではないことを示すと解釈できるだろう


 また、トランプ政権がドル高を抑えようとする可能性もある。1980年代とは違って、ドル高になってもアメリカの産業が打撃を受けることはないのだが、選挙戦中、「日本や中国は為替操作を行なっており、それがアメリカの製造業の国際競争力を低めている」との批判を行なっていたこととの関係で、ドル高を抑制する可能性もある。


 その他の面でも、不確実性は大きい。日本や中国からの輸入に高関税を課すようなことはないと思うが、もしなされれば、前記の企業利益回復のシナリオは崩れてしまう。また中国との関係が悪化する危険性もある。


 今後の世界経済の状況を判断するには、もう少し事態の推移を見守る必要がある。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20161123#1479897479