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嶋田賢和 アカデミーヒルズ

嶋田賢和「知識はいつか役立つ」 | R25
財務省から釜石市副市長へ / 嶋田賢和(釜石市副市長)×飯田泰之 | SYNODOS -シノドス-
先輩からのメッセージ「係員の一日」 : 財務省


 加計学園岡山理科大学のほかに、千葉科学大学倉敷芸術科学大学をはじめ、いくつかの専門学校、付属中学校や高校を運営しているようだ。そのずらっと並ぶホームページの組織図を眺めていて、ふと目にとまったのが「倉敷芸術科学大学」の名前だった。8年前に下関市長を退いた江島潔が、その後、なぜか岡山のあまり耳にしたことがないような「芸術」を冠にした大学の客員教授として拾われていた記憶があったからだ。当時のノートをめくってみると、案の定、その話を教えてくれた人物の名前と共に「倉敷芸術科学大学」とあった。安倍人脈で世話されていたのかどうか、真相は本人たちが一番自覚していることだろう。今回の報道に触れて、そこに偶然とは思えないつながりを感じたのだった。


またこの時期に同志社大学学長を務めていたのは村田晃嗣氏。村田氏は2015年、安全保障関連法案を審議していた衆議院特別委員会の中央公聴会に、政府与党の推薦で出席し、安保法案に賛成の意見を述べた。


このことが学内で批判され、村田氏は15年11月の学長選挙で敗れたとされるが、浅野氏は安倍政権に対し、特定秘密保護法集団的自衛権行使容認など安倍政権の政策やマスコミへの高圧的な姿勢を雑誌などで批判してきた。安保法案については「侵略戦争法案」と著書でも批判している。大学としても、トップと考えが180度違う浅野氏を排除したかったのではないか、という見方もできる。

多くの教員が解雇されている一方で、文部科学省の官僚が大学などに組織的かつ大量に天下りしていたことが明らかになっている。文部科学省の現職幹部とOBが協力し、国家公務員法違反を犯したうえで「天下り教授」が生まれていた。


片山教授によると、文部科学省からの大学教員や事務職員への天下り自体は2000年頃から増えており、これが従来勤務している教授らの不当解雇を引き起こす要因になっているという。新自由主義的な大学改革を推し進めるなかで、大学は文科省と密接な関係を持とうと考える。その改革の行きつく先は、教員のリストラが中心だ。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170310#1489142967


森友学園が進めていた小学校の校舎の建設をめぐっては、木材を多く使う建物に出される国の補助金が去年3月から支払われ、その額はこれまでに合わせておよそ5600万円に上っています。


この補助金について学園側は先週、申請を取り下げる意向を示していましたが、国土交通省によりますと、19日、学園側から校舎の建設を中止し、補助金の申請を正式に取り下げることが書かれた書類が届いたということです。


このため国土交通省は21日、補助金の窓口となっている社団法人を通じ、学園側に対して補助金の交付を取り消したうえで、すでに支払われた補助金を今月30日までに全額返還するよう命令する通知を出しました。


一方、学園側が国や大阪府などに総事業費の金額が異なる3つの契約書を提出していたことについて、国土交通省は引き続き調査を進めることにしています。


 実は、ネット上ではいま、松井府知事の奇妙な行動が指摘されている。大阪府 HPに掲載されている「知事の日程」を確認すると、松井府知事と「私学・大学課」が打ち合わせしていたことが記録されているというのだ。「私学・大学課」というのはまさに私学審の事務局担当で、借地契約で校舎を建てる見通しにもかかわらず認可審査を強行し、「認可適当」と判断を変えさせた部署だ。


 そこで本サイトもこの「知事の日程」を確認したが、たしかに森友学園が私学審に小学校の新設認可を申請した2014年10月31日直前に、松井府知事は“異例”の回数で私学課と打ち合わせを行っていた。


 記録を調べると、松井氏が府知事に就任して以降、私学課との打ち合わせは2012年3月に5回行っていることを除いて、多いときで1カ月間に3回、1度も打ち合わせをしていない月もあるような頻度だ。

 しかし、2014年10月は、7日、8日と連続で私学課と打ち合わせをし、さらに20日(月)から24日(金)の週は、議会に出席していた23日(木)を除いて毎日、私学課と打ち合わせを行っている。20日にいたっては、1日のうちに2回も打ち合わせをしている。森友学園が小学校の新設認可を申請したのは、翌週の金曜日のことである。


 また、私学審が森友学園の小学校設置について最初に審議したのは同年12月18日だが、その2日前にも松井府知事は私学課と打ち合わせ。しかも、記録によれば、14時10分から知事室にて私学課と打ち合わせを開始し、次の日程は16時5分から同じ知事室で行われている。つまり、この記録を読む限りは、1時間55分もの長時間をかけて私学課と打ち合わせをしていたことになる。


 そして、松井府知事は翌2015年1月7日に再び私学課と打ち合わせをしているが、その20日後に臨時で私学審が開かれ、「認可適当」という判断が下っている。


 森友学園からの設置申請直前というタイミングで、1カ月のあいだに7回という異常な回数で私学課と面談していた松井府知事。これはあからさまに不審な動きだが、「知事の日程」を見ると、もうひとつ気になる記録があった。


 それは、2014年4月18日の日程記録だ。この日、松井府知事はやはり異例にも1日に2回も私学課と打ち合わせを行っているのだが、じつは同じ日の夕方から、松井府知事は安倍首相と会っているのだ。


 この日、安倍首相は午後一番で来阪し、『そこまで言って委員会NP』の収録に参加。その後、17時40分より「あべのハルカス」を視察しているのだが、ここで松井府知事と橋下徹大阪市長(当時)が安倍首相に同行しているのである。


 2014年4月といえば、籠池理事長が鴻池祥肇議員に口利き依頼のために「こんにゃく」を差し出した月であり、籠池理事長は小学校設立のために必死に駆け回っていた時期とみられる。しかも、前年である2013年には籠池理事長は私学課に「安倍晋三記念小学校」という校名を考えていることを伝えており、近畿財務局もすでに私学課に対して「圧力」をかけていた。そうしたタイミングで小学校認可の責任者である松井府知事は安倍首相と会い、さらには同日、安倍首相と会う直前まで2回も私学課と打ち合わせをしていた──。

#政界再編#二大政党制