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「もし完璧に率直になるなら、この問題を避けることは難しい。われわれは本当のところ、どの程度インフレが起こるプロセスを分かっているのだろうか」。英紙「フィナンシャル・タイムズ」は10月5日の金融政策に関する特集記事の中で、国際決済銀行(BIS)のチーフエコノミスト、クラウディオ・ボリオ氏の発言を取り上げた。


 中央銀行は、失業率など国内のスラック(たるみ)が物価に影響を与えるというフィリップス曲線を信じてきた。その理論に基づくと、金融緩和策で景気を刺激して失業率を下げれば、インフレ率は目標の2%へ上がることになる。


 しかし、ボリオ氏によると、国内のスラックが物価に与える影響はこの20年でかなり弱くなっており、それよりもグローバリゼーションやデジタルテクノロジーの影響の方が大きくなっているという。


 経済の構造が大きく変容しているのに中央銀行はそれに気付かず、多くの国で大規模な量的緩和策やマイナス金利政策が実施されてきた。その結果、膨張した債務やゆがみ(資産バブルなど)が経済に組み込まれ、中央銀行がそこから抜け出すことが困難になってきていると、彼は懸念している。


 中央銀行の“指南役”だった主流派マクロ経済学(ニューケインジアン)の理論は、経済の変化についてこられなくなっているのではないか、との疑問が最近あちこちから湧き上がり始めている。前掲記事も「多くの経済学者や中央銀行は、約30年前につくられた理論に執着している」と、懐疑的だ。


 同様の批判を、米連邦準備制度理事会FRB)元理事のダニエル・タルーロ氏が10月上旬の講演で展開していた。彼は法律家であるが故に、FRB内ではアウトサイダー的視点を持っていた。彼が特に奇異に感じたのは、経済学の博士号を持つFRBエコノミストたちが、現実には観察が非常に困難で推計値が大きく修正され得る、自然利子率や自然失業率、インフレ期待などの要因を重視して政策を組み立てる点だった。


フィリップス曲線や他の経済モデルが金融政策の有用なガイドにならない時代にいる可能性がある」「インフレ期待を変化させるメカニズムについての説得力ある理論はいまだ存在しない」「インフレ期待が2%にくくりつけられれば、インフレ率は2%へ戻ると信じることに私はちゅうちょする」


 そう語るタルーロ氏は、FRBは事業会社の経営者の価格決定などに関する見解を聞くべきで、「目に見えるものに、より注意を払う」ことが必要だと指摘。テイラールール(マクロ経済指標によって政策金利を定める関係式)のようなものを政策に用いることは浅はかだと、彼は考えている。


 タルーロ氏は、望ましい米連邦公開市場委員会FOMC)メンバーの構成として、議長ら中心メンバーは金融政策の歴史や理論に深い知識を持ちつつも、経済モデルを過信せず、現実の経済の変化から情報を得ようと不断の努力を行う人々がいいと指摘。その上で、1〜2人は経済や金融の専門家以外の人を入れて多様性を持たせるべきだという。疑うことなく議論が一方向になるのを避けるためだ。


 わが国では衆議院選挙での与党大勝により、日本銀行黒田東彦総裁が来春以降も続投する可能性が高まっている。黒田氏は経済学者ではないが、既存の経済理論を過度に信頼している様子があり、しかも政策委員会には多様性があまりない。タルーロ氏の提言は日本にとっても非常に重要といえる。