https://d1021.hatenadiary.com
http://d1021.hatenablog.com

国民民主党は23日の総務会で、自由党との連携強化に向けて、統一会派の結成や合流も含め、自由党と協議に入ることを了承したことを受け、玉木代表が24日、国会内で自由党の小沢代表と会談しました。

この中で、両代表は、来週28日に召集される通常国会や夏の参議院選挙に向けて、野党の大きな塊をつくる必要があるとして、衆参両院で統一会派を結成したうえで、将来的な両党の合流も視野、基本政策の協議を始めることで合意しました。

このあと玉木氏は記者団に対し、「自民党に代わるもう1つの選択肢を、国民にしっかりと示していくのが、野党の大きな役割だ。究極の目標は大きな野党の結集を図ることで、両党の合意がその第一歩となることを期待する」と述べました。

また、小沢氏は「何としても、野党の結集、大同団結を図っていくことを最終の目標にしながら、この機会をその一歩として玉木代表に賛同した」と述べました。

このあと国民民主党両院議員総会が開かれ、玉木氏は、小沢氏と合意した内容を報告して理解を求め、衆参両院で自由党統一会派を結成することが承認されました。

d1021.hatenadiary.jp

国民民主党自由党が国会での統一会派の結成で合意したことを受けて、両党のすべての議員が加われば、参議院では、立憲民主党の会派を2人上回って、野党第1会派になる見通しです。

これに対し、立憲民主党は、野党第1会派を維持するため、福山幹事長が参議院での自由党との統一会派を解消することになった社民党の又市党首と国会内で会談しました。

会談で福山氏は、又市氏を含めた社民党参議院議員2人が立憲民主党の会派に加わるよう申し入れました。

このあと、福山氏は記者団に対し「野党第1党の議席をいただいている責任として、衆参両院で野党第1会派を維持し、国民に責任を果たすことが大切だという認識も含め、申し入れをした」と述べました。

国民民主党自由党が国会での統一会派の結成で合意したことを受けて、24日午後、両党の統一会派の届け出が行われ、参議院では、立憲民主党の会派を2人上回って、野党第1会派になりました。

これを受けて、立憲民主党の福山幹事長は、野党第1会派を維持するため、参議院での自由党との統一会派を解消した社民党の又市党首と電話で会談しました。

この中で、又市氏は、立憲民主党からの申し入れを受け入れ、みずからを含めた社民党参議院議員2人が立憲民主党の会派に加わる意向を伝えました。

立憲民主党参議院の会派に社民党の2人が加わることで、国民民主党自由党統一会派と所属議員の数が27人で並び、参議院での野党第1会派をめぐって、今後、協議が行われる見通しです。

賃金や労働時間に関する厚生労働省の「毎月勤労統計調査」が不適切に行われていた問題で、厚生労働省は、詳しい資料が残っている平成24年以降の調査について、集計し直した結果を公表しました。

これを受けて内閣府は、「毎月勤労統計調査」から所定外労働時間や給与などのデータを反映させて計算している「景気動向指数」についても、再計算を行って改訂しました。

その結果、景気の現状を示す「一致指数」では、プラス0.2ポイントからマイナス0.3ポイントの幅で数値が修正されたということです。

景気動向指数」は景気の回復や後退の時期を判定するために用いられる指標ですが、内閣府では「驚くような改定幅ではなく、景気のトレンドが大きく変わるものではないので景気判断にも変更はない」と説明しています。

厚生労働省が賃金や労働時間に関する「毎月勤労統計調査」を不適切な手法で行っていた問題を受けて、政府は、特に重要な統計と位置づける56の「基幹統計」について、適切に行われているか点検を進めています。

この結果、財務省が、全国の企業およそ3万社を対象に、3か月ごとに業績や設備投資の金額を聞き取る「法人企業統計調査」で、本来発表すべきデータを掲載していないミスがあったことが分かりました。

掲載漏れが見つかったのは、68ある業種区分のうちの「損害保険業で、平成20年度から29年度までの10年間にわたって、「配当率」、「配当性向」、それに、「内部留保率」の3つが掲載されていませんでした。

財務省では、これら3つのデータは、すでに公表している別のデータから算出可能だとしていて、速やかにホームページに追加して掲載することにしています。

過去に公表した調査結果を修正する必要はないということで、財務省は「二度とこのようなことがないよう再発防止に努める」としています。

1968年に医学部生のストライキに対する大学側の不当な処分に始まった東大紛争は、大学の古い体質に不満を持つ全学部の学生に広がりました。

大学は1969年1月18日に安田講堂を占拠する学生らを排除するため、国に要請して機動隊を導入。多くの負傷者が出て、この年の入試が中止に追い込まれる事態となりました。

当時の大学執行部だった加藤一郎総長など若手教授6人が1970年6月に集まり、事件の内幕を語り合った13時間以上にわたる録音テープが、東京大学の文書館から見つかりました。

この中では、紛争を収拾して入試を実施するため、加藤総長が当時の坂田道太文部大臣と知人宅で密会を重ねたことや、機動隊導入の1か月ほど前、執行部が南原繁大内兵衛といった著名な名誉教授らから「入試をやらないと東大は滅びる」と叱責されたり、紛争解決のため「早く警察を入れろ」と言われたりしたと証言しています。

また、1969年1月18日に安田講堂を占拠する学生らを排除するため機動隊を導入し、文部省との交渉の末、入試が中止に至った結果については、坂本義和教授が「入試をやるかやらないかは大学が決める性質のものだ。大学が自治能力がないことを認めるようなことだ」と主張したのに対し、加藤総長が「政府とけんかしてやった場合、いったいどれだけ警察が守ってくれるのか。警察が守らなければ粉砕されることは目に見えていた」と応じています。

テープからは、国の力を借りて機動隊を導入したものの、結果的に入試中止に追い込まれた東大執行部の教授らが苦悩した当時の状況を率直に語っている様子がうかがえます。

東大紛争では、学生側の証言は残されていますが、当時の執行部側の詳しい資料はありませんでした。

大学紛争を研究した歴史社会学者の小熊英二氏は「記録を残すことはとても大事なことだ。1960年代の社会運動はほとんど記録が残っていない。わかるのは学生運動の指導者の個人的な回想記だけ。のちの社会で、自分たちの原点を見直す上で非常に大切だ」と話しています。