駅の北口前には浅間神社がある。
開演前の時間に昼食を食べる。まい泉の「玉手箱」という和洋折衷のお弁当。
江古田に来たときは必ず立ち寄る「ぐすたふ珈琲」。
蒲田に戻ってきて、「Zoot」で食事をしてから帰ることにする。
卒業生のサキさん(論系ゼミ3期生)から無事出産の知らせて届いた。
ご卒業おめでとうございます!!
— Uni.Shop&Café125 (@UniShopCafe125) 2019年3月26日
本日は早稲田大学の卒業式が行われております影響で、講堂前には沢山の卒業生やご家族の方々がいらっしゃりとても賑やかです✨
また、大隈庭園での記念撮影をされる方も多くいらっしゃいますよ♪記念撮影後は、庭園隣の当カフェでお茶などいかがでしょうか? pic.twitter.com/2lizf5Tl6E
東大で卒業式「ポスト平成をけん引するリーダーに」 #nhk_news https://t.co/HrRFZ2Zr0L
— NHKニュース (@nhk_news) 2019年3月26日
東京 文京区の安田講堂で開かれた東京大学の卒業式には、今年度卒業する10の学部の合わせて3000人余りが出席しました。
このなかで、五神真学長は、イギリスとアメリカの政治情勢などから、人類が長い時間をかけて作り上げてきた民主主義の理念への信頼が揺らいでいると指摘しました。
そのうえで、平成の次の時代はより多様性が尊重される社会だとして「多様な幸福が共存し、緩やかに結合する社会の在り方を模索してほしい。そのような活動をけん引する、新たな時代のリーダーになっていただきたい」と呼びかけました。
東京大学の卒業生たちに、新社会人への意気込みを聞きました。
法学部を卒業した男性は「5月に司法試験を受けて弁護士を目指します。企業内弁護士になって、新しい時代の日本経済の発展に貢献したいです」と話していました。
経済学部を卒業した女性は「コンサルティング会社に就職します。大学を通じて社会に育ててもらったので恩返しができる仕事をしたいです」と話していました。
また、大学院に進学する女性は「新しい元号になるときに節目を迎えるので、心機一転してしっかり研究に打ち込みたいです。同時に、平成生まれが時代遅れになるようで、少しショックも感じています」と話していました。
大手自動車メーカーに就職する男性は「大学に入学したときは官僚になることも考えましたが、行政の仕事に限らず、社会が求めることに応え、やりがいが感じられる仕事をしたくて民間を選びました。官僚は悪いニュースばかりが取り上げられて厳しい目が向けられていますが、日本を支える人たちなのでしっかりしてほしいです」と話していました。
これまで、多くの官僚を送り出してきた東京大学では、ここ数年、官僚を目指す卒業生が大きく減少しています。
人事院のまとめによりますと、キャリア官僚と言われる「総合職」の試験の合格者のうち東京大学出身者の合格者は今年度329人で、最近のピークだった平成27年度の459人と比べて3割近く減りました。
また、総合職の合格者数に占める割合は16.8%で、この10年間で最も多かった平成22年度と比べておよそ半分になっています。
また学生新聞を発行する東京大学新聞社の調べでは、今年度、かつて「最強の官庁」と呼ばれた財務省に入った卒業生は10人だったのに対し、総務省は22人、経済産業省は18人となっています。
東京大学新聞社編集部の衛藤健さんは「森友学園の問題などが官僚の道に進むかどうかの判断に影響を与えていると見られます。また、長時間労働でむだが多いというイメージがあり、コンサルタント企業など短期間で成長できるような就職先を選ぶ傾向が強くなっていると思います」と話していました。
京都大学で卒業式 恒例の仮装姿の学生も #nhk_news https://t.co/7JkGvVfdSA
— NHKニュース (@nhk_news) 2019年3月26日
京都大学ではことしおよそ2900人が卒業し、26日京都市左京区で行われた卒業式ではスーツや晴れ着姿のほか、恒例となっている仮装姿の卒業生も見られました。
式典では、各学部を代表して12人の卒業生が壇上にあがり、卒業証書を受け取りました。
続いてあいさつした山極学長は、京都大学の本庶佑特別教授が去年、ノーベル医学・生理学賞を受賞したことに触れ「本庶先生の研究人生も長く、険しく、何度も挫折と忍耐を必要とした道のりでした」と述べたうえで、「皆さんもこれからの人生で難題に直面する事態に出会うことでしょう。
そのとき、京都大学の自由な討論の精神を発揮して果敢にみずからの課題に向き合ってほしい」と、はなむけのことばを贈りました。卒業生たちは記念写真を撮ったり、思い出を語り合ったりして卒業の喜びを分かち合っていました。
卒業生の1人は「京都での大学生活はとても楽しかったです。卒業後は公務員になります。最初は大変かと思いますが、いつか大きな視点から日本の世の中をよくしていく公務員になりたいと思います」と話していました。