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渡辺努:まず、アベノミクスが始まった当初の議論は、量的緩和によって需要を喚起する必要がある、需要さえ増えていけば物価は上がっていくというものだったと思います。そして、大規模な金融緩和を行って、需要は増え、失業が減りました。ここまではシナリオどおりだったわけです。しかし、価格の上昇にはつながらなかった。これが誤算だった。

実際には、2013~14年にかけて、一瞬、物価が上がっていったのですが、その要因はほとんどが円安で、輸入原材料の価格が上がり、それを転嫁する動きが起きたという事情でした。逆に言うと、それしか起こらず、国内の需給で価格が安定的に上昇していくような力が生まれなかった。だから2015年夏ごろから円高に反転すると、物価もまた下がってしまった。

金融政策は円安を通じたルートでは効くということは確認できたけれども、サステナブルではない、各方面に価格の上昇が広がっていかなかった。なぜそうなのか。

私は企業が原価の上昇を転嫁する行動を取らない、ということが重要なポイントだと思っています。原材料の価格は上昇し、人件費も多少なりとも上がってきたのに、企業のプライシング行動がなかなか変わらなかった。

日本はその当時でさえ、企業にプライシングパワーがなく、後ろ向きのコストカットしか考えない経営者が少なくなかったわけですが、その後、そうした経営が世の常識になってしまった。グリーンスパンが向かってはいけないと言っていた方向に、残念ながら日本は向かってしまった。いったんそこに入ると抜け出ることが難しいという意味での「わな」が経済にあるとすれば、プライシングパワーの喪失の常態化はまさにそれだと思います。

浜田:今、労働組合で守られている正社員は、日本の偏差値教育でよい成績とったような人たちですが、その仕事はAI(人工知能)に代替されるような仕事が多いですね。株の取引でも、翻訳でも機械化されている。そういう仕事では、賃金が上がらないと不満を言ってみても仕方ない面もある。その意味ではむしろ、供給サイドで教育改革をしなくてはならないんじゃないか。

浜田:先ほどAIの話をしましたが、企業などの組織に対する向き合い方を、アルバート・O・ハーシュマンの離脱(exit、退出)、発言(voice、内部改革)、忠誠(loyalty)という観点で見ると、アメリカでは離脱と発言の研究ばかりしているんですが、日本の教育は忠誠ばかり教えていると思います。いつ辞めるか、組織に働きかけてどうよくしていくか、といったことは教えていない。ある場合には周囲の気持ちを大事にしながら、ある場合には反対を押し切っても自分で判断し、相手を説得する力を身に付ける教育が必要です。

私は企業での経験はないのですが、私のゼミで伸びた人たちは、円満な学生ではなくて、僕がちょっと扱いに苦労するような学生でしたね。前日銀総裁白川方明さんとか、白川さんの人柄は完璧ですが、論理が強くて、先生を困らせるような学生。向こうからすると僕が困らせたんだろうけれど。そういう人たちは、みんな、その後、活躍しています。

イエール大学ハーバード大学の学生は、いわゆる“読み書きそろばん能力”、頭のよさではほとんど変わらないんですが、ハーバードの一部の優れた学生は自分の枠組みで議論を組み立てて、それを先生にぶつけるということをします。こんなことを言うと、イェールの同窓会から除名されてしまうかもしれませんが(笑)、イエールの学生はぼくが教えたことを前提として話を始めるような人が多い。

渡辺:日本の今の教育や人材の問題に関して、一言だけ申し上げたいんです。実は、私はかなり変わってきたと実感しています。私のゼミの学生は毎年10人ぐらいいるんですが、2年に1人ぐらいは就職せずに、起業する人が出ています。しかも優秀な学生ほどその傾向が強い。「日銀を蹴りました」「財務省を蹴りました」って言って、起業するんですよ。女性にもそういう人が出てきています。皆にうらやましがられるような大企業に就職しても、何年か経って「やっぱり辞めて起業したいです」と言う。

私の世代では考えられませんでした。勉強のできる順に大蔵省、日銀に行く、銀行に行くというふうで、その秩序は崩れなかった。ですが、今はそれが大きく崩れてきた。あまり知られていない変化ですが、私はこうい若者を見ると日本もまだまだ大丈夫と確信します。

安斎:それとね、最近、みんな言うんだけど、東大で文科1類に入ったら、昔は法学部がいちばん人気だったでしょう。今、行かないって。

渡辺:はい、そうです。本当に。法学部は定員割れしちゃうんです。

浜田:それでは法学部は大変だね。私は最初、法学部にいましたが、実体法の勉強、民事訴訟法や行政法では先生たちの論理構成力には舌を巻いたが、内容は砂をかむような感じがして、経済学部に変わったんです。経済学では物事はこういうふうに動くんだということがわかる。ただ、最近になって、内閣府の仕事などしていると、“目的のために相手を説得する技術”というのは法学部で学んだのかなと思うところがあります。法学部の学生にもエールを送りたいですね。

最近、黒田東彦日銀総裁から総裁の教養学部、法学部での、経済学者も含めた講義の感想を知らせてもらう機会がありました。黒田さんは修行時代に、来栖三郎、碧海純一の各教授に影響を受けたと言っていました。私も川島武宜教授、尾高朝雄教授の影響を受けています。先生方にずいぶん目を開かされていることを改めて感じました。

安斎:AIの時代になってくると、企業でも暗記だけじゃなくて、さまざまな教養をベースに自分の判断ができる人を求めています。大学の教育も変わっていかないといけない。先ほどの学部の話で言えば、入って1~2年勉強してから、専門を選べるようにするといいですね。

浜田:アメリカの学者に創造性があるのは、ジェネラルアーツでいろいろなことを学ぶからだと思います。創造性の大部分は学際間の類推から生まれると川島教授から学びました。理科系とか文科系とかいうこともまったく意味がない。高橋洋一さんは理科系出身で、日本の経済学部出身者は数学のできない人が多いので、「数学ができると経済学の世界で威張れる」と言っていた。

僕のゼミにいた中で、いちばん数理経済学の適性があったのは(前日銀総裁の)白川さんです。彼の昔のBIS(国際決済銀行)流の政策論では、若年も含め失業者がいっそう増えると心配して、失礼なことを言って東洋経済新報社で出した本で批判してしまった。仲直りしたいんですけど(笑)。この部分はボツかな。

浜田:ぼくは子供の頃は作曲が趣味で、童謡を作ったんです。多様な発想をするためには、音楽や美術など情操教育も重要だと思います。現在の東大には美学はありますけど、芸術はない。でも、イェール大学では、篤志家がミュージックスクールに寄付してくれたこともあって、今は学費が無償になって、トップ級の音楽家が集まってくる。僕が昔イェールに入っていちばんうれしかったことは、音楽学校に聴講生で忍び込んで、作曲のコースに出席できたことです。

やはり、読み書きそろばんだけじゃないシステムが必要なんじゃないか。僕自身は古い博覧強記教育を受けて成功してきた人間なので、批判しても説得力がないかもしれません。世の教育ママに納得してもらえるかはわからない。でも、今までは成績社会でしたが、入試で高い点を取るなんて、機械ができる時代です。教育でそればかりやっていたら、創造性、生産性が上がるはずはありません。教育の質を上げることを本当に考えてほしい。渡辺先生、よろしくお願いします。

https://d1021.hatenadiary.jp/entry/2018/11/21/200210(日本社会を構成する諸資本そのものにガタがきている。)
https://d1021.hatenadiary.jp/entry/2018/11/19/200210(「進行している少子高齢化と人口減少という変化に対して、本来変えないといけないのに、経済、社会の仕組みが適合できていない、あるいは遅れているところに日本経済の抱える問題の原因の1つがあったと思うんですね。これは金融政策では解決できない問題です。金融緩和策は必要な政策ではあるけれど、この政策をやっているうちに、だんだん物事が見えにくくなってきて、何が本質的な問題なのか、分からなくなる。それが大きな副作用でコストだと思います」)

https://d1021.hatenadiary.jp/entry/2018/11/13/200420(政府統計、信頼に揺らぎ GDPなど日銀が不信感)