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最近は、電車の中ではいつも清水幾太郎の3冊目の自伝『わが人生の断片』(1975年)を読んでいる。単行本(文藝春秋)、文庫版(文春文庫)、そして全集版(講談社)で所有しているが、持ち運びに便利なので文庫版で読んでいる。すでに何度も読んでいる本であるが、何度読んでも面白く、その都度思考を刺激される。

気になった箇所に線を引き、気になった単語を〇で囲み、思いついたことを余白にメモする。

11時に句会仲間のあゆみさんと早稲田駅で待ち合わせ(ロックアウト期間は学外者はキャンパスに入れない)、「カフェゴト―」へ行く。

「大久保先生でいらっしゃいますか?」と誰かが私の名前を呼んだ。見ると、学生のようである。「はい、そうですが、あなたは?」と尋ねると、「卒業生で先生の講義を受けていたものです」とのこと。お名前は〇〇エリナさん。文化構想学部を2014年に卒業された方で(論系は社会構築で浦野先生のゼミ生だった)で、私の大教室での講義(「日常生活の社会学」と「 ライフストーリーの社会学」)を受講していたそうである。一緒にいる男性はご主人で(一昨年の5月に結婚)、ヨシヒコさんとおっしゃる。彼も早稲田の卒業生(学部は教育)で、弦楽器のサークルで一緒だったそうである。楽器は彼女がチェロ、彼がヴァイオリ。いいですね、大学時代に知り合って、そのまま結婚するというのは、一つの理想的なコースではなかろうか。

今日は久しぶりに母校を2人で訪れ(キャンパスに入れないのは残念だが)、 カフェめぐりをするつもりで、この後は「D-Style Tokyo」に行くそうだ。あゆみさんにわれわれの写真を撮ってもらう。「私がブログをやっているのは知っている?」「はい、実はさっきも見ていました」「あっ、そうなの。じゃあ、この写真をブログに載せてもいいかしら」「はい、喜んで」。

「モンテ」をのぞいてみる。

食後のお茶は、店を変えて「フロハン」で。

あゆみさんから今日のお礼ということで彼女の家の近所、所沢の「いちあん」というパンカフェのパンと林檎のコンフィチュールをいただく。

研究室であゆみさんからいただいたパン(ウィンタークーヘン)をお八つに食べる。

夕食は豚シャブ。

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作品としての詩の第一の要件は、
  いかに統一生動しているか
という点にある。言い換えれば、能く内面的造化的であって、くだくだしい事件的外面的でないことである。
 広瀬淡窓詩話に、父は生前俳句が好きであったが、こんな話を聞かされたことがある。ある門人が海鼠の句を作って師に見せた。
  板の間に 下女とり落す 海鼠かな
師は一見して直に道具建てが多いと却下した。そこで弟子は沈吟して、これを、
  板の間に とり落したる なまこかな
とした。師は、うん大分好くなった。しかしもう一息だとまた返した。苦吟の果てに、弟子が持って来たものは、
  とり落し とり落したる なまこかな
となっていた。善哉、初めて師はこれを許したと。

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「不合理」と「非合理」とは別次元のものです。「不合理」は、論理的に筋が通らないことで、“私の父は、私より齢が下です”というようなものです。
「非合理」は哲学用語で、合理的な知識では理解できない、つまり論理を超えた認識のことです。たとえば、芭蕉は「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」と吟じますが、蝉の声が岩にしみ入るわけではありません、不合理です。しかし、合理によって事実を学ぶだけではなく、合理的な知識だけでは知ることのできない自然や人生のいわゆる非合理の真実を体験してはじめて、このすばらしい名句が生まれるのです。豊かな人生を築くこともできるのです。

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言うまでもなく和歌は叙情に適し、俳句は叙景に適する。

俳句は目に見た景色を写すのである。しかしながらその景色を写す動機は、作者の感動である。唯その感動を歌には言葉に現わすが俳句には言葉に現わさない。例えば、

古池や蛙とび込む水の音

といったのは、唯景色を叙しただけのものである。が、その景色を叙したのは、芭蕉の心がその景色を叙さねばならん衝動に駆られたのである。我らがこの句を咏じて感動するのは、その景色に感動するばかりでなく、芭蕉の心に感動するのである。

不振が続くデジタルカメラ市場だが、その中で、唯一伸びている分野が「ミラーレス」だ。

2月1日、業界団体の「カメラ映像機器工業会」が発表した市場の最新データが私たちに衝撃を与えた。
去年1年間のデジカメの国内出荷台数で、一眼レフやコンパクトカメラの分野が軒並み前年を大幅に下回る一方で、ミラーレスが8%あまり増えて唯一プラス成長したのだ。

「8%」というと少なく感じるかもしれないが、スマートフォンに押されて、デジカメ全体の国内出荷台数がここ10年で4分の1近くにまで激減する中、“一筋の光明”とも言える動きだった。

そもそもミラーレスとは何か。一眼レフのようにカメラ内部に反射鏡を置かず、レンズが捉えた景色をデジタルの映像に変換するカメラだ。構造をシンプルにしたことで、小型・軽量化を実現。また、画質の高さやレンズ交換ができる点など、本格的な撮影気分を味わえるのも売りだ。

平均単価は10万円ほどと、スマホよりはやや値は張るものの、SNSに写真を投稿する若者などの「スマホよりきれいな写真を手軽に撮影したい」という需要の受け皿となっている。愛好家から根強い支持はあるものの広がりに欠ける一眼レフや、スマホとの差別化が図りにくいコンパクトカメラがマイナスに落ち込む中、ミラーレスは一躍“稼ぎ頭”となった。

こうしたミラーレス人気に弾みをつけようと、メーカー各社はこのところ、新たな領域の開拓にかじを切っている。

それは「フルサイズ」と呼ばれる大型の画像センサーを搭載した高級機種だ。このセンサーはもともと一眼レフに搭載されてきたもので、光をたくさん取り込めることから、暗所でも鮮明な写真を撮影することができる。
センサーの大型化にともなって、当然重さや大きさもアップ。価格が40万円を超える機種も登場するなど、もはや従来のミラーレスとは別物に進化しているとも言える。

「一眼レフをしばらく使っていたが、重くて、手軽に持ち出せなくなってしまった。かと言って、通常のミラーレスでは、一眼レフのような味わいのある写真はなかなか撮れず、困っていた」

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作りたてのカツサンド(揚げたてのロースカツ+焼きたてのトースト)をカウンターで食べるのは至福である。みんな、そのことに気が付いたようである。

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とってもいきなりでした . #いきなりステーキ

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