「危機」の中にある令和皇室 天皇陛下は眞子さまに「人々に結婚を祝してもらえるよう、ボールを投げ返された」 #文春オンラインhttps://t.co/wibKv2lVd4
— 文春オンライン (@bunshun_online) 2021年2月25日
天皇自身も、「多くの人が納得し喜んでくれる状況」にするよう、眞子内親王や小室圭さんに投げかけたとも言える。「お見守りくださっている」と眞子内親王が述べたことに対して、天皇は直接的にはそれに言及せず、むしろ人々に結婚を祝してもらえるよう努力するよう、ボールを投げ返したのではないだろうか。象徴天皇制が国民の支持なくしては存立しえないことを天皇は意識しているからこそ、眞子内親王の結婚にも「多くの人が納得し喜んでくれる状況」を求めたのである。一方で、秋篠宮にも「ご両親とよく話し合い」という表現が示すように、解決に向け、眞子内親王と密に話し合うことを求めたとも言える。
天皇陛下のご発言で窮地 眞子さまに残された道は「駆け落ち婚」かhttps://t.co/d5WSyiWgws
— NEWSポストセブン (@news_postseven) 2021年2月25日
陛下は国民に祝福された上での「儀式を伴う結婚」を願われた。だが、現状で国民からの祝福を得るのは、簡単なことではない。 pic.twitter.com/qNCpKI4TOl
1985年、皇太子時代の陛下は、“ご両親(上皇ご夫妻)と結婚についての考えが異なった場合はどうするか”という問いに、こうお答えになった。
《(結婚相手を)一方的に決められるのも困るが、微妙な問題なので周囲の意見も尊重しなければと思っています》
独身時代の陛下が明かされた皇族としての「結婚観」。皇族にとって将来の選択は、自分の意思だけでなく周囲の意見にも耳を傾けるべき──そんな思いがいま、眞子さまに向けられている。上皇后美智子さまも、結婚の騒動について「家族全体の苦しみ」と捉えられているという。結婚は「個人と個人」にとどまらず、「家と家」の問題である──そんな価値観も陛下は重視されているのだろう。
眞子さまは昨年11月、ご結婚に関する「お気持ち」を記された文書を発表された。そこでは、《天皇皇后両陛下と上皇上皇后両陛下にご報告を申し上げ》たこと、そして、両陛下が《私の気持ちを尊重して静かにお見守りくださっている》ことが記された。しかし、陛下のご発言で顕著だったのは、この「お気持ち」に記された「尊重して見守る」という姿勢とは、かけ離れていたことだ。
「陛下が眞子さまのご結婚を無条件に後押ししたいとお考えなら、眞子さまが記されたように“尊重する”“見守る”という表現をされたはずです。しかし、そういったおことばは一切使われていない。あえて使うことを避けられたとも考えられます。“無視”に近いおことばを選ばれることで、眞子さまの文書を否定されたのではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト)
「陛下は秋篠宮さまのお考えを“援護射撃”されているわけです。秋篠宮さまは『結婚と婚約は違う』と発言されました。その真意はわかりにくいですが、端的にいうと、いまの状況では“本人の結婚の意思は認めても、皇室としての結婚は認められない”というスタンスだということです。
皇室の結婚とは、婚約が整い、納采の儀、朝見の儀など必要な儀式を終えた上に成り立ちます。考え方によっては、眞子さまの皇籍離脱に伴う一時金の支払いを決める皇室経済会議もその一部でしょう。
陛下の発言は、そうした通常の女性皇族の結婚のプロセスは、現状では認められない、という痛烈な注文だったのではないでしょうか」(前出・皇室ジャーナリスト)
皇族の結婚を認める「裁可」を与える立場にある陛下のおことばは、秋篠宮さまのご発言とは、明確に重みが違う。陛下は国民に祝福された上での「儀式を伴う結婚」を願われた。だが、現状で国民からの祝福を得るのは、簡単なことではない。小室さんとのご結婚を「生きるのに必要な選択」とまで言い切られた眞子さまに残された道は、「儀式なしの結婚=駆け落ち婚」だけなのかもしれない。
85年前の今日。1936年2月26日,「2.26事件」で決起した直後,半蔵門を占拠する反乱部隊。白黒写真のニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。 pic.twitter.com/YUA4RYz9nC
— 渡邉英徳 Hidenori Watanave (@hwtnv) 2021年2月25日
1936年2月26日、日本陸軍の青年将校らによるクーデター「二・二六事件」が起きました。
— RekiShock(レキショック)@日本史情報発信中 (@Reki_shock) 2021年2月25日
この事件により、大蔵大臣の高橋是清、内大臣の斎藤実、陸軍教育総監の渡辺錠太郎らが殺害されました。
昭和天皇は、当初よりこの蹶起に批判的で、「君側の奸」を排除せんという将校らの思惑は一蹴されました。 pic.twitter.com/fzSwTQ58Ev
二・二六事件は「昭和の歴史」を決定的に変えた…軍部の暴走が始まった理由 : https://t.co/dXCwsY1w65 #現代ビジネス
— 現代ビジネス (@gendai_biz) 2021年2月25日
二・二六事件を実際に見た人は、
— Dr. NakaMats ドクター・中松 (@Dr_NakaMats) February 26, 2021
もう残っていないだろう。
私は当時、家の目の前で目撃した。
そのときには分からなかったけれど、この事件を境に、日本の歴史は大きく変わった。
日本は、それまでの日本ではなくなってしまった。
【動画】二・二六事件を生で見た思い出https://t.co/QC71ZTSfRp pic.twitter.com/ppSrYYeFBE
「二・二六事件」秘史──被害者遺族を救った天皇の言葉https://t.co/gF6n7ja7vk
— NEWSポストセブン (@news_postseven) 2021年2月26日
今から85年前の1936(昭和11)年2月26日、大雪に見舞われた帝都・東京で“事件”は起きた。1500人近い陸軍将兵らがクーデターを図った「二・二六事件」である。#二・二六事件 #2月26日
「二・二六事件」から85年 将校遺族らが慰霊の法要 東京 #nhk_news https://t.co/Q7jicZW1cc
— NHKニュース (@nhk_news) 2021年2月26日
昭和11年「二・二六事件」の舞台にもなった東京の #九段会館。
— NHKニュース (@nhk_news) 2021年2月26日
戦前「軍人会館」と呼ばれた建物を残したまま、
17階建ての複合ビルにするという工事が進められています。#nhk_news
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d1021.hatenadiary.jp
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#天皇家
日朝修好条規 ……… 1876年。75年の江華島事件をきっかけとして締結される。日本側に有利な内容で、朝鮮の自主独立(清の宗主権の否定)や釜山など3港の開港、日本人の領事裁判権などを定める。これによって朝鮮は開国し、日本は朝鮮・大陸進出の足がかりを築いた。
— 世界史年表bot (@kaori_wh) February 26, 2021
速報◆26日、衆議院で、治安警察法の改正案が可決される。女子が政治集会に参加、開催することが認められる。今後は貴族院での審議にまわされる。 =百年前新聞社 (1921/02/26)
— 百年前新聞 (@100nen_) 2021年2月26日
【社主のニュース解説】《政治》
— 百年前新聞 (@100nen_) February 26, 2021
画期的な法改正案が衆議院を通過しました。今日の国会に提出された治安警察法の改正案では、これまで禁止されていた女子の政治集会への参加や、みずから発起人となって主催することを容認。与野党が一致して賛成多数となりました。次は貴族院での審議にまわされます。
【社主のニュース解説】《政治》
— 百年前新聞 (@100nen_) February 26, 2021
本会議に先立つ委員会には、治安警察法の改正案として、国民党案・政友会案・憲政会案・無所属案の4案が提出。いずれも第5条2項の「女子及び未成年者」が政治集会に参加することを禁止する条文から、「女子及び」の文言を削るという点では共通していました。
【社主のニュース解説】《政治》
— 百年前新聞 (@100nen_) February 26, 2021
委員会は、治安警察法の改正の理由として、女子の教育が進歩していることを挙げました。また、やがては女子に参政権を認めていく出発点にもなるとも説明。女子の政治集会への参加を認めることで、将来的には国の発展にもつながるものとして、歓迎されました。
【社主のニュース解説】《政治》
— 百年前新聞 (@100nen_) February 26, 2021
しかし一方で、国民党案が求めていた、第5条1項5号の削除は認められませんでした。これは、女子が政治結社に加入することを禁止する条文です。議会では、いくら女子の教育が進歩したとはいえ、男子とまったく同じ扱いを受けられるまでに進歩していないとされました。
【社主のニュース解説】《政治》
— 百年前新聞 (@100nen_) February 26, 2021
議会では、女子の本来の役目は「良妻賢母」として家事や料理をし、男子の補佐をすることにあるため、女子の政治結社への参加が認められないとも説明。男子と女子が政治の上で並ぶことは、国家の幸福でもなければ、一家の利益にもならないとして、反対されました。
【社主のニュース解説】《政治》
— 百年前新聞 (@100nen_) February 26, 2021
これには三木武吉(ぶきち)議員(36)が反論し、日本の女性が良妻でも賢母でもなくなることがない以上、女子は永久に政治結社に参加できなくなるではないかと主張。とは言え、大筋では合意し、賛成多数となりました。女子の政治参加に向けた大きな前進といえます。