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きょうも #モーサテ ご覧いただきありがとうございました! ゲストの #ソニーフィナンシャルホールディングス #尾河眞樹 さんと🌸 いつも優しくしてくださるお姉さまです💓 あっこさんの衣装が桜色だったので記念にパシャりとしました😊 撮影は #大浜平太郎 キャスターです♪ #モーサテ では、 4月から、 るりさま卒業に伴って お天気も担当しています!☀️ #今日のお天気 は... 太平洋側を中心に晴れるところも多いですが、平年より寒さが厳しくなるようです💦 急な雨もあるようなので、雨具お忘れなく!🌂 #今日の株式 は、 ダウ3日続伸、 日本株も上昇していますが ヨーロッパ経済の先行き不透明感を受けて、後場には下落しそうと専門家は予想していました。 動きに注目しましょう👀 きょうも一日頑張りましょう🌸🌸 #佐々木明子 アナウンサー #角谷暁子

角谷 暁子 (テレビ東京アナウンサー)さん(@kadoya_akiko)がシェアした投稿 -






「3月17日に、天皇陛下の即位30年と美智子さまとのご成婚60年を祝う非公開の昼食会が東宮御所で行われました。その最後に、両陛下を労う“サプライズ”のプレゼントが用意されていたのです」(宮内庁関係者)

皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻、黒田清子さん夫妻が主催し、皇族方や元皇族、旧宮家の49人が出席したこの内宴では、雅子さまがメニューの考案をされたという。

「皇太子殿下のお祝いの言葉で始まり、食事の後にはシャンソン歌手による歌の披露もあり、3時間ほど続きました。両陛下はもちろん、眞子さま、佳子さまも明るい笑顔でした。そして内宴の終わりには、愛子さま悠仁さまが両陛下に歩み寄られて、悠仁さまが陛下に、愛子さま美智子さまに花束を手渡されたのです。花束を受け取る両陛下は幸せそうな笑みを浮かべていらっしゃいました」(前出・宮内庁関係者)

“将来の天皇”という期待を背負われている悠仁さまと、新天皇になられる皇太子さまの一人娘である愛子さま

「両陛下に花束を渡されたお二人が次世代の皇室で大きな役割を担われます。とりわけ愛子さまは、女性宮家の創設が決まれば、大きく立場が変わられるでしょう」(皇室ジャーナリスト)

菅義偉官房長官は18日の参議院予算委員会で、女性宮家の創設を含めた安定的な皇位継承について「(新天皇が)即位された後、そんなに時間を待たないで(検討を行う)と考えている」と述べた。

そして安倍首相は20日の国会で、これまで自身が持論としていた“旧宮家皇籍復帰”について「私自身がGHQの決定を覆すことはまったく考えていない」と、否定的な考えを示したのだ。

旧宮家皇籍離脱は70年以上前。民間人として暮らしてきた“男系男子”に皇室に入ってもらうのは、現実的ではないと結論づけたのではないでしょうか。旧宮家の復帰がないとなれば、女性宮家の創設がさらに現実味を帯びてくるのは間違いありません。そうなれば愛子さまは、結婚されたとしても皇室に残られることになります」(前出・皇室ジャーナリスト)

3月28日に共同通信が報じた注目すべきスクープがある。政府が’97年から、女性皇族への皇位継承について極秘の検討会を開いていたというのだ。さらに’04年春の文書には、女性・女系天皇を認める皇室典範の早期改正方針が記されていたという。

愛子さま天皇になられる可能性が、一度はかぎりなく実現に近づいていたのです。しかし’06年9月、悠仁さまが誕生され、その直後に第一次安倍内閣が発足。女性・女系天皇の検討はたち消えになりました。ただ、’17年5月の共同通信による世論調査でも女性天皇賛成は86%、女系天皇容認は62%となっています。今後、議論が再燃することも考えられます」(政治部記者)

歴史学者静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんは皇位継承問題への危惧を口にする。

「今後、悠仁さまが結婚され、さらに男性のお子さまが生まれるという保証はありません。政府がこのまま“男系男子”にこだわるならば皇室の存続が危ぶまれます。このまま問題の解決を先送りすれば、安倍政権は近い将来、皇位継承の危機を招いた責任を負うことになる可能性があるのです」

4月から高校3年生になられる愛子さまは、将来はさらなる重責を担われることになるかもしれない。最近では皇太子ご夫妻と一緒に、東宮御所を訪れた外国の要人に積極的に話しかけられて、通訳を介さずに英語で懇談されることもあった。

愛子さまが“新天皇の一人娘”として、積極的にその役目を果たそうとお考えになっているのです。御代替わりを目前にして受け取られた花束に、美智子さま愛子さまの“自覚”を感じられ、感涙にむせぶほど心を打たれたことでしょう」(前出・皇室担当記者)

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#天皇家

道中、いわゆる「百田尚樹『 曰本国紀 』 論争」、あるいは、「 呉座勇一/八幡和郎論争 」の関係の資料や文献を読み直した。スマホの中に、おもだった論争史料は収集していた。私は、最初の段階から、つまり「ウキペディアからのパクリ」疑惑云々の段階から、この論争に興味を持っている。断っておくが、私は、元々百田尚樹を擁護するつもりはないし、また井沢元彦を擁護するつもりもない。どちらかといえば、百田尚樹井沢元彦も、私にとっては問題外の人物たちである。彼等は「作家 」ということになっているが、私は、彼等に「作家 」を代表させるのには無理があると思う。私が関心を持つのは、「 歴史学者 」を自称する呉座勇一の議論である。つまり、呉座勇一は、「歴史学者 」という幻想の権利を振りかざして、作家や評論家を批判、蔑視、罵倒しているようだ。私は、呉座勇一が、どういう作家や評論家を念頭に、大言壮語しているのか分からないが、要するに「メクラ、蛇に怖じず 」的な大言壮語ではないのか、と想像する。たとえば、歴史に造詣の深い徳富蘇峰森鴎外幸田露伴などはどうなのか。彼等も その種の作家や評論家の部類なのか。是非とも知りたいものだが、おそらく答えられないだろう。場末の「歴史学者」の端くれに過ぎない呉座勇一には、「徳富蘇峰よ、お前は評論家かジャーナリスト にすぎなのだから、歴史を語る資格はない」などと言えるのか。そこまでの勇気も蛮勇も持ち合わせていないだろう。西郷隆盛を絶賛している中江兆民福沢諭吉内村鑑三は、どうか。たしかに 彼等は、「 歴史学者 」ではないのだから、呉座勇一の評価からいえば、「歴史研究」をする資格もない「 評論家 」なのだが、どうなのか。彼等の西郷隆盛論は、語るに値しない素人のタワゴトに過ぎないのか。たとえば、福沢諭吉西郷隆盛擁護論として知られる『丁丑公論 』を、歴史学者たちはどう読むのだろうか。歴史学者的には、取るに足らない妄言でしかないのか。というのは、半ば冗談。半ば本気。東大国史学科卒の歴史学者( 圭室諦成 、岩波書店西郷隆盛 』)は 、福沢諭吉の『丁丑公論 』を理解していないだけではなく、全く逆に理解し、「 福沢諭吉も、西郷隆盛を厳しく批判している」と大真面目に書いている。歴史学者の史料や文献の読み方って、そんなものである。さすがに出版元の岩波書店は 恥ずかしくなったらしく 絶版にしているという喜劇まで引き起こしている。歴史学者が、福沢諭吉の『丁丑公論 』を読めていないのである・・・。

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誤読しておいて

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 2017年に刑法の性犯罪規定は、大きな改正を経験しました。その背景には、性犯罪を個人の性的自由を侵す犯罪ととらえるよりも、人の性的尊厳を傷つける犯罪と見るべきだという意見が影響を与えました。性的自由を問題にすると、性犯罪が、被害者がどれだけ意思決定の自由を奪われたのかという量的な問題として矮小化されるおそれがあるからです。

 このような見方は、性犯罪における同意の意味にも影響を与えることになります。同意の要件は、性犯罪の中心に位置づけられるべきではありません。個人の性的尊厳を否定するような行為がなされたのかどうかが問題の入り口であって、被害者の同意はその規範的なマイナスをプラスに埋め合わせる要件とされるべきです。

 その上で、被害者が同意の存在を否定するならば、同意があったとの行為者の主張が客観的に納得できるかどうか、つまりその誤信に合理的な根拠があるのかどうかが吟味されなければなりません。このような考え方は決して新しいものではなく、すでに最高裁(昭和44年6月25日判決)が名誉毀損罪で採用している考え方なのです(たとえば、ある政治家がワイロをもらっていると信じて報道し、それが結果的に誤報だったならば当然名誉毀損が問題になるのですが、最高裁は、確実な資料・根拠に照らして誤信したことに相当の理由があれば、名誉毀損の故意がなくなり無罪となるとしています)。

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パックご飯の生産、右肩上がり もはや日常食

#勉強法




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立命館大白川静名誉教授の名著「字通」によると、「令」とは、「礼冠をつけて、跪いて神意を聞く人の形。神官が目深に礼帽を著けて跪く形。神意を承ける象」(日本においては、八百万の神々に日々、世界の恒久平和と繁栄を祈っておられる神官の最高位・天皇陛下を意味している)という。

立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所は、故・白川静名誉教授(以下、白川静
博士)が築いた「白川文字学」にもとづき、「すばらしく、なごやかな時代」と読み解きました。

“令”は、象形で神官が冠をつけてひざまずいて神意を聞いている形です。古くは「令・命」二つの意味に用いています。元々は「神のおつげ」、そこから「おふれ」「いましめ、おしえ」「よい、ただしい、めでたい」「させる、いいつける」等の意味を表すようになりました。

“和”は、会意で「禾」+「口」で表されます。「禾」は軍門(陣営の門)のしるしの形であり、「口」は「誓いを収めた器」とされています。軍門の前で講和の誓いを行うと、平和になります。また別字に「龢」があり、「龠(やく)」は笛の象形で、「調和する」意味があります。

 新元号が「令和(れいわ)」だと知った当初はピンとこなかった。典拠は万葉集で、歌そのものではなく、漢文で書かれた序文が出典だというので、なおさら不思議に思ったのと同時に、興奮もした。出典とされたくだりでは、新年に人々が集まり、すがすがしい気持ちで梅の花をめでる歌をよむ。奈良時代の宮廷歌人たちの新年を迎える気分がよく伝わる場面だ。

 日本人の書く漢文、中国語には長い伝統がある。梅の花をめでる文化も中国大陸からきたものだ。「令和」の出典となったくだりには、そうした国際性と、やまと言葉で見事に柔らかい歌をよむ日本性が同時に感じられ、新時代を祝う考案者の意図に気づいた今は「なるほど」と感心している。

 万葉集の話題も含めて、作家の多和田葉子さんや温又柔(おん・ゆうじゅう)さんらと対談した日本文学論「バイリンガル・エキサイトメント」を3月に出したばかり。日本語では「多言語的高揚感」あるいは「異言語に触発された高揚感」と言えばいいだろうか。「令和」からもそうした高揚を感じる。いい元号ではないか。

「時に、初春の令月(れいげつ)にして、気淑く(き よく)風和ぎ(かぜ やわらぎ)、梅は鏡前の粉(こ)を披き(ひらき)、蘭は珮後(はいご)の香を薫す(かおらす)」

この序文について、「令和」を考案したとみられる中西進さんは、昭和59年の著書「萬葉集 全訳注 原文付」の中で次のように訳しています。

「時あたかも新春の好き月(よきつき)、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉(おしろい)のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている」

万葉集に書かれている序文について中西進さんは、著書「萬葉集 全訳注 原文付」の中で、中国の書家として名高い王羲之の書「蘭亭序(らんていのじょ)」の形式と同じだと指摘しています。

そのうえで、背景について「中国では唐の初めに漢詩に序をつけることが流行する。この傾向は万葉集の中にも入り込み、独特な表現様式を持つことになった」としています。

また、梅花の歌が詠まれた時代は「万葉のピーク」だったとして、「唐風にならい、仏教を受容しつつ国家的整備を進めた時代精神が支えた」と説明しています。

新しい元号「令和」の典拠となった万葉集は、奈良時代にまとめられた日本最古の和歌集で、全20巻に日本各地のおよそ4500首のうたが収められています。編さんには当時の歌人大伴家持が加わったとされています。

今回引用された序文は、天平二年正月13日、今の暦でいうと2月8日ごろ、家持の父親で当時、大宰府長官だった大伴旅人の邸宅で開かれた宴会でそこに集まった32人の役人が庭にある梅にまつわるうたを詠んだという状況がつづられています。

昭和天皇の和歌の相談役も務めた歌人岡野弘彦さんによりますと、序文は正月の気分を表したもので初春のさわやかさを伝えているということです。

岡野さんは、新元号万葉集から引用されたことについて「万葉集が作られたのは中国の文化をベースにして日本の文化が成熟してくる時期でした。今の日本の文化はそのころからみて長い伝統を築いてきており、日本風の感覚を大切に、長い歴史を持つ日本の古典を引用したことはよいことだと思います」と評価しました。

一方で、岡野さんは「われわれにもなかなか選ばれた意図が伝わりづらいので、より丁寧な説明はしてほしいです」と話していました。

大伴旅人が主催した宴会で詠まれた32首の中には、万葉集の代表的な歌人の1人山上憶良の歌も含まれています。

「春されば まづ咲く宿の梅の花 独り見つつや 春日暮さむ」

この歌について、中西さんは著書の中で、待望の春にいち早く咲くわが家の梅の花を1人で見て過ごすことなどできないという意味で、当時、中国から入ってきた来た珍しい木だった梅の花を、仲間とともに楽しみたいという心情をうたったと解説しています。

安倍総理大臣は、NHKのニュースウオッチ9で、新元号「令和」の選定の経過などを記した行政文書の公開の時期について、「基本的に30年ということで検討していくのだろうと思う」と述べ、30年程度は公開を控える必要があるという考えを示しました。

この中で、安倍総理大臣は、新元号の選定の手続きなどを記した行政文書の公開の時期について、「基本的に30年ということで検討していくのだろうと思う。考案された方々の名誉もあるので、30年という時は必要なのだろうというふうに思っている」と述べ、30年程度は公開を控える必要があるという考えを示しました。

また、安倍総理大臣は、新元号「令和」を初めて目にしたのは、先月に入ってからだったことを明らかにしたうえで、「学識のある方々に考案していただいた案があがってきた中で、官房長官が整理したものを一度報告として受けたが、その中に『令和』があった。説明を受け、大変、新鮮な響きがあるなと思った」と述べました。

また、日本の古典が出典の元号を初めて選んだことについて、安倍総理大臣は、各界の代表や有識者からなる「元号に関する懇談会」のメンバー全員に加え、閣僚のほとんどが、日本の古典から元号を選ぶよう求めていたなどと説明しました。

新しい元号を「令和」とすることが1日の臨時閣議で決定され、皇太子さまが新天皇に即位される来月1日に、元号は「令和」に改められます。

こうした中、新元号の選定作業で、政府が、各界の代表や有識者からなる「元号に関する懇談会」や全閣僚会議で示した6つの原案の中に▽「英弘」、また、読み方は明確ではありませんが、▽「広至(こうし、または、こうじ)」、▽「万和(ばんな、または、ばんわ)」、▽「万保(ばんほ、または、ばんほう)」の、4案が含まれていたことが分かりました。

また政府は、およそ2か月前から新元号の候補名を絞り込む作業を進め、発表の1週間ほど前には原案の数を6つに決めていたということです。

さらに6つの原案は、一枚の紙に典拠とともに五十音順に並べた形で懇談会の有識者などに示され、多くから「令和」を推す意見に加え、出典を日本の古典にするよう求める意見が出されたということです。

これを受けて、全閣僚会議では、杉田官房副長官が懇談会では「令和」に支持が集まったことを説明したあと、複数の閣僚が意見を述べましたが意見集約は行われず、最終的に安倍総理大臣に一任する形で「令和」が新元号に決まりました。

一方、「令和」の考案者は明らかにされていませんが、専門家の間では、万葉集が専門で、京都の研究機関の名誉教授を務める国文学者を有力視する意見が出ています。

元号の決定を受けて、政府は、今月30日の天皇陛下の退位と、来月1日の皇太子さまの即位に伴う一連の儀式を滞りなく実施できるよう、準備を加速させるとともに、新元号「令和」が多くの国民に受け入れられるよう、意味などを丁寧に説明していくことにしています。

内閣府の入府式には、この春採用された54人の新人が出席し、代表した石黒比佳理さんが「国民全体の奉仕者として、不偏不党かつ公正に職務の遂行にあたることをかたく誓います」と宣誓しました。

そして菅官房長官が訓示し「新元号は令和と決定された。歴史的な節目で採用された皆さんは新たな元号とともに国家公務員として歩みを進めていくことになる。

希望に満ちあふれた新しい時代を、国民全体の奉仕者として大いに頑張ってもらいたい」と述べました。

また「今月30日には憲政史上初めて天皇陛下が退位され、5月1日には皇太子殿下が即位される。歴史的な皇位の継承が、国民がこぞって祝福する中で、つつがなく執り行うことができるよう準備に万全を期していきたい」と述べました。





イギリスが「合意なき離脱」を回避するには、EUが期限とする12日までに具体的な離脱に向けた道筋を示す必要があります。

しかし、議会はメイ首相がEU側と合意した円滑な離脱を行うための「協定案」を3度否決し、首相の案以外に賛成多数を得られる案がないか、審議しています。

先週、議会から提案された8つの案が否決されたことを踏まえ、1日、今度はEUの単一市場にとどまる案や国民投票を実施する案など4つの案について投票が行われましたが、今回もすべて否決されました。

結果を受けて、バークレー離脱担当相は「11日後には離脱するのは既定路線で、何らかの合意ができる案をみつけなければならない」と述べました。

メイ首相は2日に閣議を開いて対応を協議すると伝えられ、今週中に「協定案」の4回目の採決に踏み切る可能性があるとの見方が出ています。

一方、野党・労働党のコービン党首は、3日に再び投票を行い議会で合意できる案を模索する努力を続けるべきだとしていて、議会と政府ともに一歩も引かないこう着状態が依然として続いています。

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アメリカ政府はおととし、トルコがロシアから最新鋭の地対空ミサイル「S400」を導入する計画を明らかにしたあと、たびたび計画の撤回を迫り、最新鋭のステルス戦闘機「F35」の引き渡しも困難になると警告してきました。

アメリカ国防総省のサマーズ報道官代行は1日、声明を発表し、「われわれの重要な技術を守る」として、トルコがS400の導入計画を撤回するまではトルコへのF35の引き渡しを凍結することを明らかにしました。

また、トルコが製造を担ってきたF35の一部の部品についても、他の国からの供給を目指す方針を表明しました。

トルコはNATO北大西洋条約機構の加盟国としてアメリカと同盟関係にある一方、ロシアとの関係も深め、F35の引き渡しをめぐっては、アメリカ議会などからも性能などの情報がロシアに流出するおそれがあるとの強い懸念が出ていました。

トランプ政権としてはトルコを強くけん制した形ですが、トルコ側が強く反発することは必至で、両国の同盟関係に影響を与えることが予想されます。

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4年前に成立した安全保障関連法で、国連のPKO=平和維持活動ではない、国際的な平和協力活動にも、自衛隊「国際連携平和安全活動」として参加することが可能になりました。

政府は、イスラエルと国境を接するエジプト東部のシナイ半島で、両国の停戦監視などを行うMFO=多国籍軍・監視団の要請を受け、司令部要員を派遣する方針を決め、2日の閣議でその実施計画を決定しました。

実施計画では、今月19日からことし11月30日まで、陸上自衛隊の幹部自衛官2人シナイ半島南部にある司令部に派遣し、エジプト側とイスラエル側の連絡調整業務にあたるとしています。

シナイ半島南部の治安について、政府は「おおむね平穏だ」としていて、自衛官が携行する武器は生命の防護のため必要最小限にあたる拳銃と小銃になります。

2日に決定された実施計画によりますと、「国際連携平和安全活動」で派遣されるのは陸上自衛隊の隊員2人で、エジプトとイスラエルの停戦監視にあたっている多国籍軍・監視団」の司令部の要員となります。

具体的には、シナイ半島の南部を拠点に、多国籍軍が活動する際などにエジプトとイスラエル両国との調整にあたる「連絡調整部」に配属されるということです。

隊員が持っていく武器は、多国籍軍がすべての派遣国に求めている基準に従って1人につき小銃と拳銃を1丁ずつだということです。

防衛省関係者によりますと、派遣される2人のうち、1人は2等陸佐で連絡調整部の副部長のポストにつき、もう1人は1等陸尉を派遣する方向で調整しているということです。

「国際連携平和安全活動」は安全保障関連法に基づき、国連が統括しない海外での活動に自衛官を派遣する新たな任務で、停戦合意の成立など「PKO参加5原則」を満たし、国際機関からの派遣の要請があることが参加の条件になっています。

政府は自衛官が派遣されるシナイ半島南部の治安について、「おおむね平穏だ」としていますが、北部ではエジプト軍などによる過激派の掃討作戦が進められていて、実施計画では、「安全を確保しつつ有意義な活動を行うことが困難と認められる場合には、PKO参加5原則が満たされていても撤収する」としています。

安全保障関連法に基づく新たな任務の付与により、自衛隊の役割がさらに拡大することになります。

岩屋防衛大臣閣議のあと記者団に、「平和安全法制のもとでの初めての参加となり、日本の国際貢献の幅が広がった。派遣は、日本の平和と繁栄の土台である中東の平和と安定へのさらなる貢献を目に見える形で示すことに加え、自衛官の人材育成という面でも大きな意義がある」と述べました。

将来的な部隊派遣の可能性については「あくまでも司令部要員2人であって、部隊の派遣は全く考えていない」と述べました。

1日、アルジェリアの大統領府は声明を出し、ブーテフリカ大統領が今月28日の任期満了を待たずに辞任すると発表しました。

20年にわたり政権の座につくブーテフリカ大統領は、82歳で健康不安が取り沙汰されながらも5期目を目指して大統領選挙に立候補する意向を示し、これに反発する市民らがことし2月以降、大規模なデモを続けてきました。

これを受けてブーテフリカ大統領は立候補を取りやめ、選挙を延期したうえで権力の移行に取りかかる考えを示しましたが、速やかな辞任を求める声はその後も収まらず、これまで大統領を支えてきた軍や政界からも退陣を促されていました。

圧力が増す中発表された今回の声明では、ブーテフリカ大統領は国の機関が支障をきたさないよう必要な手立てをとったのちに辞任するとしていますが、これによって政治体制の抜本的な刷新を求めてきた抗議デモが収束に向かうのかは依然として不透明です。

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それによりますと、ゴーン前会長が経営トップだった2011年ごろから5年の間、ルノーは中東のオマーンにある代理店に自動車を販売する際の報奨金として日本円で合わせて数十億円を支払いましたが、この多くがレバノンにあるゴーン前会長の関係者が運営する会社に流れていたことがわかったとしています。

このため、ルノーは資金の流れに不審な点があるとしてフランスの検察当局に通報したということです。

これまでルノーはゴーン前会長に不正がなかったか内部調査を進めていて、ゴーン前会長がフランスのベルサイユ宮殿で開いた自身の結婚披露宴についても、会社の資金が流用された疑いがあるとして検察当局に通報しています。

日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告(65)の裁判について、東京地方裁判所はことし9月に初公判を開く方向で検察や弁護団と協議を進めています。

ゴーン前会長の弁護を担当する弘中惇一郎弁護士は2日、東京丸の内の日本外国特派員協会で先月4日以来、2回目となる記者会見を開きました。

この中で弘中弁護士は、報酬の過少記載の罪でともに起訴されている法人としての日産について、幹部らが検察との司法取引に合意しているとして「被告ではなく検察だ」と批判しました。

そのうえで「日産は検察と一体になって前会長を追及する姿勢で、同じ裁判官が審理するのは不公正だ」と述べ、ゴーン前会長と日産は裁判を分けて進めるよう、2日、裁判所に文書で申し入れたことを明らかにしました。

また、前会長の記者会見の時期については「どのような内容を話すかを慎重に検討している。今月中になるだろうとは思っている」と述べました。

このほか、弘中弁護士は、保釈された後に検察から前会長に事情聴取の要請はないとしたうえで「要請があった場合は内容によって応じるかどうか判断したい」と述べました。

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きょうのランチは、庁舎内の食堂から運んでもらった豚角煮定食。ごはん、味噌汁などがついて、お値段は600円。

「夜は会食が多かったりするので、ランチは食べ過ぎないように気をつけているんです」

ちなみに前日のランチは鶏肉を載せたサラダのみ。分刻みのスケジュールが続くことから、普段は5分ほどで食事を済ませるそうです。

ところで4月1日は、改元の話題で持ちきりですが。
「国民に広く受け入れてもらえる時代になればいいなと思います。何に緊張するかといったら、元号を決めるというよりは、その元号になった最初の内閣でもあるわけなので、新しい時代の日本にふさわしい政治を作っていかなきゃいけないという責任感の方が重いと思います」

それから4月1日には、重要な仕組みもスタートしますね。それは外国人材の受け入れを拡大する新たな制度。国会でも、不備や問題があるのではと、いろいろと指摘されていましたよね。
「国会でかなり審議されたものですし、国民の期待も高いと思います。よりよい制度にしないといけないし、説明する責任は政府にあるので、しっかり理解をしてもらうために取り組みたい」

最後に、おやつが出てきました。

山下大臣の地元、岡山の名物「きびだんご」

「ひとつ食べれば百人力ですから、これを食べて頑張ります」









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今日から2泊3日の松本旅行。 9時に家を出て、新宿発10時の「あずさ号」に乗る。

宿はこのところ定宿にしているリッチモンドホテル

街歩きの準備をしてホテルを出る。最初に行くのは中通りにあるカフェ「chiiann」。

ベーコンのトマトクリーム・ショートパスタを注文。

ドリンクはリンゴジュースを食前に。季節の彩りピクルスがきれいだ。

店内が空いてきたきたので、デザートを注文してマスター夫妻とおしゃべりをする。

ビクトリアサンドと紅茶(chiiannブレンド)。

「シェ・モモ」のコンフィチュールはいつもお土産に買って帰る。

「グレインノート」に顔を出す。

午後5時ごろ、地元在住の卒業生のAさん(文化構想学部の2期生で、ゼミではなく、1年生のときの必修基礎演習の学生だった)と駅で待ち合わせる。

一緒にギャラリーカフェ「ガルガ」に行く。

チキンカレー(小)を注文。ミニサラダが最初に出てくる。

デザートはレアチーズケーキと紅茶。

夜更かしの私は、6時ごろに食べた小カレーとレアチーズケーキだけではお腹が減ってします。松本駅構内の弁当屋で買った(Aさんが買って下さった)「大糸線の旅」という弁当を食べる。

2時、就寝。

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2019年4月1日午前0時、阪神高速道路株式会社が管理する阪神高速8号京都線のうち、鴨川東IC~巨椋池本線はNEXCO西日本が移管を受け、第二京阪道路名神高速道路等との一元的管理に移行します。また、山科IC~鴨川東ICは京都市に移管され、無料開放されます。

鴨川東IC~巨椋池本線の移管後の名称は第二京阪道路となります。

今月30日よりも前に、免許証を取得したり、更新したりした場合、交付の年月日は平成31年、有効期限は期限が5年の人の場合、西暦2024年の右側に、かっこ書きで平成36年と併記されます。

来月1日以降の場合は、交付の年月日は「令和」で表記され、有効期限は西暦と、かっこ書きで「令和」を併記する形になります。

ただ、来月1日から4日までは、運転免許センターなどの窓口が祝日や土曜日などで休みとなるため、「令和」と表記された運転免許証を取得したり、更新したりできるのは、早くても5月5日の日曜日以降になります。